第37話 キーワード

「??? ちょ、ちょっと待って! あなた達の言っていることはおかしいわよ? 王配と言うのは、王の配偶者のこと。あなた達王子と結婚したら、王配になるのは私でしょう?」

「は? 何言ってるんだよ。エマはイグレシアスの第一王女で唯一の王位継承者だろう? お前が女王になったら、王配になるのは俺たちじゃないか」


 ユージーンが呆れた風に言い返してくる。周りにいた全員の顔を見回すと、皆怪訝そうに私を見つめていた。しかしシアーラだけは別で、目を閉じて俯き加減。え? え? 私がおかしいの!?


「唯一の王位継承者って……私には兄がいて、お兄様が第一位の王位継承者よ!?」

「またまた、イグレシアスに王子はいないでしょう? そんな話聞いたことないよ? 王妃様だってエマが女王になったら、って良くお話になっているし」

「!!」


 え!? なに!? 私だけ!? 私だけお兄様がいるのを知ってるの!? いやいや、エマは前の扉の中でも兄の存在を自覚していて、王子たちと結婚して『嫁ぐ』気満々だったじゃない。だから殺される時に聞いた『王配になどさせない』と言う言葉は、自分を王配にさせないために相手が犯行に及んだと思ってた。意味が分からない……頭がクラクラする。


 驚いて立ち上がっていたが、ふらついて崩れる様に椅子に座る。


「エマ、大丈夫? 何かおかしいわよ?」

「……」


 やっぱおかしいのは私か。どう言うことよ。何で私だけお兄様の存在を信じているの? いや、エマの記憶には兄、テレンスとの思い出が……思い出が……あれ? 良く思い出せない。私からするとエマの記憶は過去に観た動画の様に思い出せるんだけど、兄と一緒のシーンが何も思い出せない。テーブルに肘を付くように頭を抱え込むと、流石に皆も心配して私の周りに集まってきてくれる。そんな中、シアーラだけは私の対面に座ったままだった。


「エマ」

「なに?」

『レターパックで現金送れ』


 はあ? 何言ってる、シアーラ? なんであなたが『レターパック』なんて知ってるの? いやいや、それ以前にそれって私が前世でハマってたSNS上のスラングだよね? なんであんたが知ってる!? 余計に頭が混乱して呆然としていると、それを聞いて急に立ち上がったレオ。私の方をまじまじと見つめて、そして口にする。


『一体いつから兄がいると錯覚していた?』


 それを聞いた途端、ピキィーンと鋭く大きい耳鳴り。そして一気に頭の中のモヤが晴れた! そうか! そうだった! 私はずっと『兄がいると錯覚』してたんだ! そしてそれを私に信じ込ませていた人物がいる! その人物こそ、前の扉の中でもエマが殺害されるキッカケを作った黒幕に違いない。


「みんな、入学時に渡したお守りはもっているわよね?」

「肌身離さず持っておけってエマが言ったから……」


 マシューがそう言いながらポケットから出した、『お守り』と言って渡したもの。袋の中から出してみると、赤かった宝石は黒く変色していた。全員が中身を出してみると、カーラとユージーン、レジナルドは赤いまま。そしてマシューとサイモン、レオ、私のものは黒くなっている。


「どうして色が違うのかしら?」

「それはあなた達が、誰かにイーサクルを掛けられたことを示しているの。その宝石のお陰で防御されているけどね。そして私が持っていたものも黒。このメンバーに共通していることは何かしら?」


 共通していること、それは全員が王宮に頻繁に出入りしていたことだ。マシューとサイモン、それにシアーラは庭園を見るために良く王宮に来ていたから。レジナルドは王宮に来ても騎士団の所に直行していたから、被害には遭ってない様子。


 シアーラの説明を聞いて勢いよく立ち上り走り出す。こうしちゃいられない。このタイミングを待ってた……いや、正確に言えばこの時のためにワザと暗示に掛かっていたんだから。感謝するわシアーラ。暗示をを解くタイミング、完璧だったわよ!


「おい! どこ行くんだよ!」

「離宮に行くわ! 先に行ってるからレオたちは後から来て!」

「おい、ちょっと待てって!」


 レオが引き止めているのも無視して、アカデミーを出ると王宮に向かって走った。走れば五分ぐらいで王宮に着ける。そのまま自室へ行き、赤いホバーボードを掴んで外へ。部屋を掛けでたところでバーバラに会うと、息を切らせて部屋から飛び出してきた私に驚いた様子。


「ど、どうなさったのですか、姫様!? アカデミーは……」

「話は後で。離宮にいくから!」

「あ、ちょっと姫様!」


 何か言おうとしているバーバラを残して外に掛け出し、庭園へ。離宮は庭園を抜けてもう暫く行った所で通路で繋がっている。滅多に人が行かない場所だから、ホバーボードに乗っていっても問題ないわね。ペダルを踏み込むとどんどんスピードを上げるホバーボード。四十キロぐらいは出るかな? とにかく、今誰かに追いつかれるわけにはいかないのよ。


 離宮には普段人がほとんどおらず、使用人やメイドが数人で維持管理に当たっている。ホバーボードで凄い勢いで走ってきた私に驚いているメイドだったけど、『中に入りたい』と言うと直ぐに通してくれた。三階建の建物の最上階に行って、一番大きな中央のバルコニーに出る。少し高台にある離宮からは王宮や王都、そしてその向こうの景色まで良く見渡せた。そうだ、エマはここから見る景色が好きで、小さい頃は良く父や母と一緒に時間も忘れて見ていたのよね……もちろん、そこに兄などいなかった。


 暫くすると王宮の方から走ってくる影があって、そのまま離宮に入ると私の元までやってくる。


「ひ、姫様、突然どうされたのですか!?」

「バーバラ……おかしいの。お兄様が離宮のどこにもいないの。どうして? お兄様は離宮に引き籠もっているけど、とても元気だとルシア様がおっしゃってたのに……」

「よ、良く探されましたか? テレンス様の部屋はこの階の端ですよ」

「行ってみたけど、そこにもいなかった……ああ、お兄様。どこに行ってしまわれたの……」

「姫様……」


 ちょっとわざとらしいかとも思いつつ、悲しんで見せる。そうこうしている内にレオたちも離宮に到着して、バルコニーの入り口までやってきた。


「おい、エマ! 大丈夫なのか?」

「ええ」


 心配そうに私の横に立っていたバーバラを残して、レオたちの元へ歩み寄る。


「姫様?」

「バーバラ、あのね。私に兄なんか元々いないのよ。でも、ルシア様とは良く兄の話をしていたし、あなたともしていたわよね。今もあなたはお兄様の名前を口にしたし」

「……」

「どういうことか説明してくれ!」


 急かすレオを制して、俯いて固まっているバーバラに再び目をやる。


「バーバラ……いえ、ルシア様と呼んだ方がいい? 説明してもらおうかしら」

「いつ……気付かれたのですか?」

「アカデミーに入学する前よ。でも確証がなかったし、機が熟すまでわざと暗示に掛かっていたの」


 実はアカデミー入学までの間に前の三枚の扉の中の出来事を思い出しつつ、三回とも私に同行した人物には当たりを付けていたのよ。大臣から御者まで数人の候補がいた中で、バーバラもその内の一人だった。そしてレオと一緒に街に出た日……占いの店に入った時に全部分かったんだ。

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