第33話 剣術の授業
着替えを済ませた生徒たちが校庭に集まってくる。いつもは割りとダラダラと集まってきて喋っている印象だけど、今日は皆キビキビ動いているわね。やっぱり騎士団長が講師ってことで緊張しているのかしら?
「おじ様!」
「エマ! やはりお前も剣術の授業を取っているのだな、じゃじゃ馬め」
「自分の身は最後は自分で守れって教えて下さったのは、おじ様ですよ」
「ガハハ、そうだったな」
授業前におじ様の姿を見つけて、軽く言葉を交わす。レジナルドとサイモン、それにドロシーも一緒で、レオに紹介されて一度会っているはずのサイモンも緊張した様子。
「お初にお目にかかる。ご高名な騎士団長殿にお会いできて光栄です」
「おお、インファンテのレジナルド王子ですな。愚息よりお噂は常々。お父上はご健勝ですかな?」
「はい! 父をご存知で?」
「インファンテの雄たるお父上には何度かお会いしている。若き頃は何度か剣も交えましたぞ」
ほー、それは初めて知ったわ! 聞けばインファンテでは剣術大会があり、おじ様も若い頃に招待されて参加したことがあると言う事。そしてその時の決勝の相手こそ、現インファンテ王、つまりレジナルドのお父上だったらしい。なんかカッコいいわね!
「君は先日レオと一緒に来ておったフォーセットの騎士だな。今日はあやつは王都外の任務に出ておって欠席だ。まったく、こそこそ逃げおって」
レオ、おじ様にはしっかりバレてるわよ! おじ様のこの性格だから、授業と言えど皆の前でコテンパンにやられる可能性もあるからなあ。レオの気持ちも分からなくはないけどね。
「は、初めまして。ドロシー……」
「ホーダーン家の長女だな。大きくなったものだ。やはり騎士の道に進んだのか、血は争えんな」
「わ、私をご存知なのですか?」
「ホーダーン男爵とは面識があってな。そして母上も良く知っておる。まだ小さい頃に一度会っているが、流石に覚えてはおらんか。まだ赤子だったからな、ガハハ」
ドロシーのお父様は昔騎士団に所属しておられて、おじ様の部下だったらしい。そして王宮内でお母様と知り合ったので、当然おじ様も二人のことは良く知っているそうだ。騎士団長であるおじ様が自分のことを知っていてくれたと、ドロシーはいたく感動していた。
授業が始まり、おじ様のサポート役を仰せつかったのはサイモン。流石にビシバシしごかれることはなかったけど、サイモンやレジナルドならビシバシやられても喜んでそうだわ。おじ様の授業は本格的で、木剣ながらみな真剣に剣を振るっていた。おじ様が一人一人のところを訪れて指導すると『有り難うございます!』と騎士団さながらの挨拶。やっぱり普段の剣術の授業はゆるいんだなあ、と改めて思う。
最後におじ様が来たのは私とドロシーの所。二人で打ち込みの様なことをやっているのを見て、ドロシーに
「うむ、なかなかの技量だ。どれ、私に打ち込んでみなさい」
と、声を掛ける。もちろんドロシーがそれを断るはずもなく、私は一歩引いてその様子を見る。ドロシーが私相手に手加減してくれているのは分かっていたけど、ちょっと本気になった彼女は目つきが凄く鋭い。そしておじ様に対して多分手加減などなく思い切り斬り掛かっていったけど、おじ様はその場から動くことなく彼女の木剣を受け流していた。カーンッ! カーンッ! と木剣と木剣がぶつかる音に、他の生徒たちも手を止めて注目している。
「はあぁぁぁっ!!」
気合と共に突きを繰り出すドロシー。しかしその渾身の突きもおじ様に軽くあしらわれ、木剣を弾き飛ばされてしまった。スッと片膝を付くドロシー。
「参りました」
「うむ、なかなか見事な突きだったぞ。研鑽すればもっと上達するだろう。今は誰かの護衛か? その気があるなら騎士団にくるといい。いつでも歓迎しよう」
「有り難うございます!」
おお! おじ様に認められるとは流石ドロシー! 確かに彼女は腕がいいし、アカデミーを卒業したらスカウトしようかと思ってたから丁度良かった! レオはクビにして私の直属の護衛になってもらおうかなー。おっと、次は私の番だ!
「おじ様!」
「ん? エマは相手せずとも良いだろう。お前はもうちょっと王女らしくせんか」
「えーっ、最近全然相手してくれないじゃないですか」
「お前の相手はレオに任せておるからな」
と、そこまで話して就業のチャイムが鳴る。笑いながら私たちの元を去って、生徒全体に『有り難いお言葉』を述べた後、おじ様は帰っていってしまった。チェーッ。折角最近練習した成果を見せられると思ったのに。
授業も終わって皆で後片付け。おじ様に相手してもらったり助言してもらったりした生徒たちはどこか満足げ。さすが騎士団長のおじ様だわ。もちろん、ドロシーも上機嫌。
「ふんふん♪」
「なんだか嬉しそうね、ドロシー」
「えっ!? ああ、ごめんね。騎士団長殿にお誘い頂いたのが嬉しくて」
「まあ、おじ様に認められるなんて、男子でもそうそうないからね。でも、騎士団では『鬼の団長』って呼ばれてるんだから、厳しいわよー」
「もちろん、覚悟の上よ」
ドロシーとおじ様のことなどを喋っていると、少し離れたところがザワザワしだす。ん? 男子たちが後片付けしている方だけど……
「うわーっ!」
やがて悲鳴の様な声が辺りに響き、一人の男子が弾け飛ぶ様に地面を転がるのが見えた。暫く間があって逃げる者、近くにあった木剣を手にとる者。しかし、相手が持っているのは真剣の様で、しかも力が強いのか剣が折れたり弾き飛ばされたり。やがて男子たちの集まっている所を抜けて、相手が姿を現す。それはどうやらこのアカデミーの生徒の様で、体が大きいわけでもなく、筋肉ムキムキにも見えない。しかし引きずる様に真剣を所持していて、そしてこちらに向かって歩いてきている。
「ちょっ……何あれ!?」
「エマ、逃げて!」
ドロシーの言葉と前後して相手は剣を構えて凄い勢いで走り出していて、気がつけばもう目と鼻の先まで迫っていた。その目は何かに取り憑かれたかの様に狂気に満ちていて、しかし何も喋らない。アーだかウーだか唸っている様だったが、歯を剥き出しにして大きく剣を振り上げる。
「エマ!」
私を守る様にドロシーが多い被さるが、ダメ! このままじゃドロシーが! 咄嗟に膝を丸めて思い切りドロシーの防具部分を蹴り、自分はその反動で後ろに転がる。私たちはギリギリで相手の剣を交わし、その剣はガキンッと鈍い金属音を立てて地面をえぐる。
「ガァアア……」
こっち見た! ってことは狙いは私か!? 何で!? 三王子とは仲良くしているけど恋愛には至ってないし、殺される理由がない。っていうか、こいつ誰!? いやいや、そんなことを考えている場合じゃなかった。
「エマ、これ!」
ドロシーが手元に転がっていた木剣を投げてくれる。相手が次の一撃の為に大きく振りかぶっている隙にそれを受け取り、その一撃もかわしてなんとか体勢を整えた。落ち着け、私! こいつは力は強いけど、剣術は素人も同然よ! 深呼吸、深呼吸……相手の動きを良く見るのよ!
「ウガアアア!」
再び奇声は発して襲いかかる男子生徒。ワンパターンに剣を頭上に振りかぶっている。木剣では真剣は受けきれないだろうから、剣筋を読んで一撃で決めるわ。
「コオォォォ……」
呼吸を整え集中する私に対して振り下ろされる相手の剣と、狙いしました私の一振り。寸での所で私は剣をかわし、すれ違いざまに相手の首元に一撃を入れることができた。グエッと変な声を残し、ドサッと倒れる男子生徒。見たか! 私の全集中を! エマの呼吸……なんちゃって。
何とか危機は回避できたかしら。まさかこんな所で剣の鍛錬が役に立つとは思わなかったけれど、王女たる私を襲ったんだしそれなりの覚悟はしてもらいますからね!
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