第16話 入学に向けて
入学までの二ヶ月ほどの内にエマが殺害されたらどうしよう、なんて心配もあったんだけどどうやら杞憂だった。何事もなく日々は過ぎ去り、私も着々と準備を進める。まず始めたのは剣術の稽古の再開。大っぴらにやっちゃうと両親に何か言われそうだったから、レオに付き合ってもらってこっそり。昔はレオにも負けないぐらいだったけど、流石に成人男性の力には敵わないわね。でも、だんだんと勘は取り戻せた。
次におじ様に紹介してもらった諜報部の男性。いや、そこまで本格的なスパイは必要なかったんだけど、『姫様のご命令とあらば』と、妙に乗り気でやってくれることに。もちろん両親にも内緒だ。お願いしたのは前の三枚の扉の中でエマの殺害に至った三人の調査。インファンテの王妃以外の二人はアカデミーに入学してくるはずだから、万が一にも私に殺意を向けられる様なことがあっては困る! アナスタシア妃については何かしら絡みが発生する可能性が高いので念のため。
「三人ともそれぞれの王子に近い人物だけど、調査可能かしら?」
「お任せください」
おお、頼もしい。この様子だとすぐにでも調査結果が出てきそうね。紹介してくれたおじ様にもお礼を言っておかなければ。
やがて三国の王子から頼りが届き、予想通りユージーン王子は姉的存在のカーラ・グッドールと、マシュー王子は幼馴染の騎士であるサイモン・ダウニングと共に入学するとのこと。レジナルド王子は一人で入学するが、アナスタシア妃が療養も兼ねてイグレシアスに来るとのこと。そう来たか! 私はレオと一緒に入学するからこれで役者が揃ったわね……いや、ゲームのパッケージに載っていた悪役っぽい女性はまだ登場してないけど、きっと入学してからの登場なんだろう。エマの周辺にもあの女性はいなかったし、三枚の扉の中でも登場しなかった。不確定要素は気になるが、今はどうしようもない。
こうなると後はできる限り有利に、安全にアカデミーでの学生生活を送れる様に手を尽くすしかないわね。アカデミーで命を狙われるのかどうかは分からないけど、味方は多い方がいい。レオがいれば護ってくれるだろうけど、もう一人ぐらい味方が欲しいなあ。よし、街に出てみるか!
そのまま行くと当然バレてしまうので変装はしていたけど、エマは時々お忍びで街に行って遊んでいた。部屋の隠し戸棚に変装グッズが入っており、カツラや帽子、それにメガネ、服も町娘風の物が数着。早速着替えて準備完了! うむ、このブラウンのお下げ髪でメガネの女性を見ても、誰もエマだとは分からないわね。あとは見つからずに王宮から抜け出すだけ。
そーっと扉を開けて廊下の様子を伺う。よしよし、誰もいない。王宮内は安全だからか、意外と身の回りに人がいないことも多い。だからこそこうやって街に一人で遊びに行けるんだけどね。では、行きますか!
「お前、何やってるんだ」
「げっ……」
廊下に出た途端に背後から声を掛けられてしまった。この声はレオだ。さっきまで居なかったのに!
「なんで分かったの!?」
「お前と何年付き合ってると思ってるんだよ。大体雰囲気で分かるんだよ」
「むぅ……」
幼馴染とは心強いと同時に厄介な存在でもあるわね。行動パターンがモロバレとは……しかし私の行動パターンはエマ本人のそれとは違っているとは思うんだけどなあ。記憶がある分、影響されちゃってるところもあるんだろうか。
「街に行くんだろう? 付いていってやるよ。お前も成人したんだから、もうちょっと自覚をだなあ……」
「分かってるわよ! 分かってるからお小言はなし!」
「まったく」
ブツブツ言いながらも付いてきてくれることになったレオ。衛兵の格好では目立つからレオにも着替えてもらって王宮の使用人たちの通用門から外にでる。因みに通用門にもちゃんと門番がいるんだけど、その門番は私のことを知っているから特に咎められることもない。また差し入れを持っていかなくちゃ。
ここ数週間はパーティーの準備やら何やらで街には来れてなかったし、第一私がエマの中に入ってからは初めての街。直接見るとやっぱりテンションが上がる! 王都の街並みはそれはそれは活気があって、広い大通りの両側はもちろん、そこから垂直に伸びる筋や一、二本中に入ったところにも店が建ち並んでいる。周辺三国から入ってくる品物やイグレシアスで加工しているものなど様々なものがあって、多分四国の中でもここまで色々と揃っているのはここだけだろう。奥に入りすぎると治安が悪い場所もあるらしいけど、大通り周辺は安全だ。今日はレオもいるしね。
最近はめっきり減ってしまったが昔は良くレオと一緒に街をウロウロしていたのを思い出しつつ、二人で買い食いなどしながら店を見て歩く。フフフ、完璧に変装しているから、誰も王女が街をうろついているなんて思うまい。それにしても異世界の街は予想以上に楽しい! 元の世界でも出歩くことは結構あったけど、こっちは露天も多いし祭りに来ている様な気分になる。
「おい、はしゃぎすぎて迷子になるなよ」
「この街で迷子になんてなるもんですか。レオこそちゃんと付いてきてよ!」
「へいへい」
おっと、そうだ。楽しみすぎて忘れていたけど、今日街に出てきたのは味方を探すためだったわ。味方……味方かあ。顔見知りは多いけど、アカデミーに入学してくれそうな人物となると心当たりがない。キョロキョロしながら歩いていると、一軒の店が目に飛び込んできた。
「占いかあ」
大通りから一本中に入った所で控えめな看板。人が多ければ見過ごしてしまいそうだけど、そもそもこんな所に占いの店なんてあったっけ?
「あ、ここ知ってるぜ。王宮内でもちょっと噂になってた」
「へぇ」
レオの話によると、王宮内のメイドとか使用人の間で『良く当たる』とちょっとした噂になっているらしい。最近できた店らしく、通りでエマの記憶にないわけだ。
「よし! 占ってもらおう!」
「おいおい、お前自分の立場ってもんが……」
「いいから、いいから。今空いてそうだし」
占いに立場も何もないでしょう! 何となく惹かれるものがあったので、渋るレオの背中を押して店に入ったのだった。
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