第9話 フォーセット王国

 二枚目の扉の先、三人の王子を前にしてエマが手を取ったのはフォーセット王国のマシュー第三王子。他の二人に比べて少し体が小さく、エマと同じぐらいな感じかしら? サラサラの金髪にグリーンの瞳が印象的だけど、色白で少しひ弱な雰囲気もする。控えめと言うかオドオドしていると言うか、女性からするととにかく守ってあげたくなるタイプ。


「本日はわざわざお越しいただき有り難うございます、マシュー様。あまり緊張なさらず、寛いでくださいね」

「あ、有り難うございます。こう言う場は慣れてなくて……姫様のダンスのお相手は僕で良かったのでしょうか?」

「フフフ、少しでも楽しんで頂こうと思って」


 ダンス中はまだ緊張した面持ちだったマシュー王子だったけど、エマが積極的に話している内に少しずつ解れていって笑顔も見せてくれる様に。その笑顔がまた可愛くて、エマの母性が膨らんでいく。ダンス後に二人で話していると、想像通り彼は遠慮がちな人物であることが分かった。


「僕は第三王子ですし人付き合いもあまり上手くないので、姫様のパーティーに来ても相手にされないんじゃないかと思ってました」

「わざわざ来てくださったお客様ですもの、そんなことはありませんわ。マシュー様のことも是非お聞かせください」

「僕の話なんてあまり面白くもないですよ」


と、言いつつも、フォーセット王国のことなども交えて話してくれるマシュー王子。農業国であるフォーセットは一年を通して作物を収穫しており、研究も盛んに行われている。王宮の横には王立の植物園や研究所があり、温室内では外国の作物なども育てているそうだ。


「温室のお陰で一年中花が見れるんですよ」

「まあ、それは素敵ですね! マシュー様は花がお好きなんですか?」

「そうですね、花だけではなく植物全般好きかな。僕は生まれつき体が弱くて小さいときは本ばかり読んでました。その時に手近にあったのが花や植物の図鑑だったんです」


 そして将来は植物の研究をして、品種改良などで国の役に立ちたいと考えているらしい。将来のことまで考えているなんて、意外としっかり者だとエマも感心していた。


「秋には国内でも最大の収穫祭が王都であるんです」

「まあ! 是非一度拝見したいわ」

「姫様に来て頂ければきっと盛り上がりますね。是非、いらしてください。ご招待します」

「本当ですか? じゃあ、約束ですよ」

「はい!」


 はにかんだ様な笑顔でそう答えたマシュー王子に、エマはもうメロメロだった。そして王子が収穫祭に招待してくれるのを楽しみにしていると、やがて招待状が。こうしてエマは初めての外遊先としてフォーセットに向かったのだった。


 一枚目の扉の先で初めてインファンテ王国に行った時と同じ様に、いいえ、その時よりも盛大にフォーセットで歓迎されるエマ。収穫祭と言うこともあって街中が華やかな活気に溢れる中、イグレシアスの王女の来訪は祭りに花を添えるには充分なイベントだった。大通りを進む馬車の隊列を群衆のうねる様な歓声が出迎える。イグレシアスよりは幾分質素な王宮で王に面会した後、マシュー王子が案内してくれることとなった。


「ようこそお越しくださいました、エマ様」

「こちらこそ、こんな素敵な収穫祭にお招き頂き光栄ですわ、マシュー様」

「僕も姫様に祭りを観て頂けて嬉しいです。まずは王宮内をご案内しますね」


 イグレシアスで会った時よりもリラックスした雰囲気のマシュー王子、と、少し後ろに突っ立っている無愛想と言うか明らかに不機嫌な表情の騎士。エマの護衛に付いていた幼馴染のレオと火花を飛ばし合っている? 私なら迷わず何かしらツッコミを入れるところだけど、既にマシュー王子しか見えていないエマは二人の騎士のことなどお構いなしだった。


 マシュー王子に連れられて花々が咲き誇る庭園を周り、行き着いたのは大きな植物園。王宮の敷地は思ったよりも広く、植物園も敷地内に建てられていた。


「ここがフォーセット自慢の植物園です」

「本当に大きいですね! 庭園の花々も手入れが行き届いてとても綺麗でしたわ」

「有り難うございます。植物園の中はもっと楽しんで頂けると思いますよ」


 マシュー王子の言った通り植物園の中は別世界の様で、エマが見たことのない大きな植物や花が。少し肌寒い外とは違い中は少し高めの温度で、高い天井の上の方には鳥が飛んでいる様子も伺える。中には小川も流れており、おとぎ話の世界に迷い込んだ様だった。エマを連れて歩きながら植物の説明をしてくれるマシュー王子はキラキラした表情をしていて、エマはどんどん彼に惹き込まれていった。


「マシュー様は本当に植物がお好きなんですね」

「す、すみません、つい説明に熱が入ってしまって」

「いいえ、何かに一生懸命取り組まれていることは、とても素敵なことですわ」

「エマ様……」


 エマが彼の手を取って互いに見つめ合う。二人にくっついてきていたマシュー王子の衛兵が今にも食って掛かりそうな顔をしていたが、その存在は完全に蚊帳の外だった。


「マシュー様は今後も植物の研究を?」

「そうですね。フォーセットは農業国ですし、植物の研究をすることが一番国の役に立てると思うんです。幸い僕は第三王子で継承権争いからは縁遠いですしね」


 少し自虐的にそんなことを言ったマシュー王子。フォーセット王国の第一王子と第二王子の間に継承権争いがあることは有名で、エマもそのことは知っていた。


「マシュー様がご希望であれば、イグレシアスとしても協力は惜しみませんわ。フォーセットはイグレシアスにとっても他の二国にとっても重要な食料庫ですし、あなたはきっとその分野で今後大きな成果を上げられると思います」

「姫様にそこまで言って頂けると嬉しいですね。でも、僕は研究者としてはまだまだですから、もっともっと色々勉強しないと」

「もちろん、それについても協力致しますわ」


 エマの申し出が余程嬉しかったのかマシュー王子は終始笑顔で、その後収穫祭に出向いた二人の幸せそうに寄り添う姿は群衆にその仲を印象づけるには充分だった。ゲームではエマが彼の研究を理解してサポートを申し出るかどうかが鍵となっていて、ラブラブな状態で収穫祭を楽しむと一気にストーリが進展する。ここから婚約するまではほぼ選択肢がなかったもんね。レジナルド王子の時と比べれば簡単なストーリーなんだ。まあ、何回かお互いの国を行き来しなければならないのは一緒だけど。


 収穫祭の夜、その華やかな雰囲気に興奮冷めやらない二人はすっかり打ち解けて話し込み、エマは部屋に戻ることに。


「本日はとても楽しかったですわ、マシュー様」

「僕もご一緒できてとても嬉しかったです。よろしければまた来年も……」

「ええ。ご一緒できるのを楽しみにしております」


 後ろ髪を引かれつつマシュー王子と分かれて自室に向かうエマ。薄暗い廊下に他の人影はなかったが、浮かれている彼女は全く気にしていなかった。やがて廊下が交わって丁字になっている場所を通り過ぎた時、不意に背後から誰かにぶつかられ、背中に鋭い痛みが!


「うっ……」


 うずくまりながら振り返るとそこには鬼の形相の騎士が。そう、それはマシュー王子の護衛の騎士だった」。


「あ、あなたは……」

「マシューを誑かす悪女め。王配になどさせはしない!」


 まただ。レジナルド王子の時と同じ。二人の仲が進展して決定的になるとこんな結末を迎えてしまう。自分が『悪女』と言われたショックと意味不明さで混乱しつつ声も出せないまま、ただ先程別れたばかりのマシュー王子のことを思い出しながらエマは事切れてしまったのだった。

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