第14話 復讐の女帝――氷雨と晃一の関係とは――!?

 初老のバーテンダーから飲み物の入ったコップを受け取り、氷雨ひさめが改めて奈子なこ晃一こういちの前に歩み寄り、冷淡れいたんな声を発した。


「……久しぶりね、晃一。相変わらずお元気そうで、何よりだわ。そうでないと、叩き潰し甲斐が無いものね」


「氷雨……そちらこそ、健勝けんしょうのようで何よりだ。……今も、アイスココアが好みか?」


「っ! ……知ったような口をかないで、どうせアタシになんて、何の興味もないくせに! ……んく、んく」


 怒鳴った後、飲み物を飲む氷雨。大きな声を出したら喉が渇くので仕方ない。


 と、その間に奈子が、晃一へと当然の疑問を投げかける。


「あ、あの、コーチさん……(やっぱり)お知り合いなんですか?」


「む? ああ、その通りだ。彼女は――」


「ッ! ……何も知らないのね、アナタ……いいわ、教えてあげる――」


 奈子の質問に、晃一が淡々と、氷雨がいきどおりと共に、同時に発声する。


「俺が昔「アタシのコー」してい「ったけど」教え「にっくき」なんだ」よ!」


「いや一人ずつ喋ってください、一人ずつ。全く分からなかったんですけど」


「………………」

「………………」


 奈子がうながすと、二人して何かを待つように沈黙してしまい――しばらくして、ようやく口を開くと。


「俺が」「アタシが」

「「あっ」」


「………………」

「………………」


「コミュ力ゼロか! ええまあ、そうだろうなとは思いますけど!」


「…………っ!」


 奈子がツッコむも、それはそれとして――氷雨がえかねたかのように、大声で言い放つ。



「彼は……木郷晃一は――去年、アタシのコーチだった男よ――!」


「! ……コーチさんが……あなたの?」



 その衝撃的な事実に、奈子は晃一にも確認するため声をかける。


「ほ……本当なんですか? コーチさん」


「そうだぞ」


「そうだぞ、って……だ、だったら、教えてくれても良いじゃないですか!」


「? 聞かれなかったから」


「コミュ力ゼロか! いえだとしても、言うタイミングなんていくらでもあったじゃないですか! 謎の記者会見の時とか、睨まれてた時、何を思ってたんですか!?」


「なんか見られてるなって思っていた」


「そういうとこだぞ!」


 師弟の……えっと熱い対話に、チッ、と舌打ちした氷雨が、怒りの声を割り込ませる。


「ふんっ……何だっていいわ。とにかく、そうやって新たに教え子をたらし込んで、サッカー界(袋詰めする方)に舞い戻ってきたのは、アタシにとっての僥倖ぎょうこう……アタシがサッカー(袋詰めする方)を続けてきたのは――晃一、アナタに復讐するためなんだから!」


「!? 復讐、だと……なぜだ氷雨。俺には、全く全然これっぽっちも心当たりがないぞ!?」


「なんですって……アタシを、アタシを裏切っておいて、よくもそんな……ッ!」


 ギリッ、と歯噛みした氷雨が――ビシッ、と晃一と奈子を指さし、憎悪を籠めて宣言する。



「いいわ、思い知らせてあげる、アタシのサッカーで――

 晃一の教え子、栄海奈子を決勝戦で叩き潰すことで――!」


「私、コーチさんから何も教わってないし、教え子じゃないと思うんですけど……」


「明日が楽しみねっ……首を洗って待っていなさい! ふんっ!」


「今日ずっと思ってましたけど、本当に人の話を聞きませんよね。どいつもこいつもですよ」



 怒りのまま踵を返し、氷雨は去っていく――かと思いきや、初老のバーテンダーの方へと歩いていき。


『ごちそうさまでした。アイスココアおいしかったです』


(て、丁寧……霧崎氷雨さん、もしかして良い人では?)


 そうして今度こそ、氷雨が共用スペースから出ていくと――今度は晃一も、奈子から空いたコップを受け取って言う。


「……よし、良く分からんが、とにかく話は終わったようだし……今度こそゆっくりと休め、奈子。サッカー選手(袋詰めする方の)にとって、休息も戦いだぞ」


「あ、はあ……あ、あの、さっきの話について、何か無いんですか? その、復讐とか物騒なこと言われてましたけど……」


「うむ。サッカー選手として闘争心が育っているなと、感心した」


「いやあの。……いえ、う~ん……。……もういいです、はあ……」


 言いたいことはあった気がする奈子だが、何を言えば良いか分からず、そもそもちゃんと伝わる気もせず――そのまま会話を打ちきる。


 その間、晃一は初老のバーテンダーに歩み寄り。


『ごちそうさま。うまかったです、いちごミルク』


(……さっきの霧崎氷雨さんと、似た者同士では?)


 何となくモヤッとした奈子だが、戻ってきた晃一に改めて語り掛けられ。


「では、ゆっくりと休めよ、奈子。おやすみ」


「あ、はい。お、おやすみなさい。…………」


 今度こそ別れ、氷雨が出ていった方とは逆側の出口から、晃一が共用スペースを後にすると――奈子もため息を吐きつつ、共用スペースを出ようとする。


「はあ……何なんでしょう、本当……もうとにかく、部屋で寝よ……」


 晃一とは反対側の出口から退出する、と――そこには。


「………えっ? あ、あれ、霧崎氷雨さん?」


「……アナタは、栄海奈子……」


「は、はい。……えっと、な、何か御用ですか?」


 待ち受けられていたのか、と思うようなタイミングで、氷雨と出くわしてしまう――困惑しつつも尋ねた奈子に、対する氷雨の声は厳しく。


「ふんっ、勘違いしないで。アタシは部屋がコッチというだけ、アナタになんて用はないわ――明日の決勝戦で叩き潰す、それ以外にはね!」


「そ、そうですよねっ。じゃ、じゃあ、私はこれでっ……」


「ええ、さよなら。………………」


「「………………」」


 別れたはず、なのに――二人並んで歩く形になってしまう。


 困惑が収まらないままの奈子が、再び氷雨に尋ねると。


「……あ、あの……お部屋、こっちのほうなんですか?」


「……ええ。……アナタも?」


「あ、はい……まあ……」


「そう。……奇遇ね……」


「「………………」」


 それっきり、会話は止まり――奈子は内心で。


(……いや大会の運営~っ! 対戦相手同士を近い部屋に泊まらせないでくださいよ!? わかるでしょ何となく!? 他に部屋が無いとは言わせませんよ、決勝戦の私達とコーチさん以外、他のお客さん一切いっさい見てませんからね!? ……い、いや、もしかすると……霧崎氷雨さん、本当は私に何か話があって――)


「……気まずい……」


(いやボソッと〝気まずい〟って言ったわ! もうこんなの事故ですよ事故! 大会運営のせいだから人災ですねぇ! まあ今日ずっと、人災事故みたいな試合ばっかでしたけど! ……ど、どうすればいいんですか、この気まずい空気……!)


 突如として奈子(と氷雨も)を襲う、恐るべき脅威――即ち雰囲気――!


 解釈次第では〝世界〟とも呼べる巨大な敵を相手に、果たして奈子(と氷雨)はどうなってしまうのか――!?

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