第12話 決勝戦の相手――人呼んで《氷結女帝》――コーチとの因縁とは?

 青と白で交互に彩られた大きなパネルの前で、百人近い記者からインタビューを受けている女性は――同性である奈子の目から見ても、美しい容貌を持っていた。


 目尻は切れ長に鋭く、小ぶりな口は真一文字に結ばれ、いかにもクールな印象で、怜悧れいりな美貌を引き立てている。


 水色がかった銀髪はストレートロング。彼女がほとんど喋らず沈黙を保っていることもあって、さながら凍り付いた川を彷彿させた。


 そんな彼女に、囲み取材をしている記者がインタビューすると――


『――〝霧崎きりさき 氷雨ひさめ〟選手! 二回戦突破、おめでとうございます! 名伯楽めいはくらくとの呼び名も高い《翁》選手に勝利しましたが、今のお気持ちは!?』


『………………』


 無視しているのか、と思うような沈黙の後、〝霧崎きりさき 氷雨ひさめ〟と呼ばれた彼女――氷雨は、ようやく小さな口を開き。


『………別に』


『! さすがのクールさです! お写真、失礼シャーーーーッス!!』

〝パシャ!〟〝パシャシャ!〟〝パシャシャシャシャシャシャ!!〟


『ウッ』


 なるほどクールかつ虚無的な雰囲気の氷雨だ、写真など不快なのか、片手で軽く遮りながら顔を背けている。


 その様子に、彼女の決勝戦の相手たる奈子が口にしたのは。


「……いや百人近くから一斉に写真撮られてるから、眩しくてイヤそうじゃないですか。やめてあげてくださいよ」


『霧崎氷雨選手、今サッカー大会における意気込みを是非ともお聞かせください!』


『……別に』


〝パシャシャ!〟〝パシャシャシャ!〟〝パシャシャシャパッパシャシャ!!〟


『ウッ』


「せめてフラッシュをオフにしろ」


 ……う、内気で気弱な奈子とて、憤れば言葉が荒くなることもあろう。


 さて、記者の壁に遮られ、まだ距離もある奈子――が、不意にビクリと体を震わせた。


(!? え……あの、霧崎さんって人……私を、見てる?)


『………………』


(っ。……ち、違う。見てる、じゃなくて……にらんでる。な、なんで……私が決勝戦の相手だから? …………えっ?)


 だが、奈子を睨んでいた氷雨の顔が動き、次に視界に捉えているであろう相手は――奈子のコーチである、木郷晃一だった。


『……………ッ!!』


 その眼は、奈子を睨んでいた時とは、比較にならないほどの――憤怒と憎悪に、満ちているようだった。


 そうして氷雨は、眼だけでなく顔も動かし、奈子と晃一を交互に睨む。


 ……あとここで補足しておくと、インタビューの様子を見るために移動した奈子は、晃一と少し距離が離れており、つまり。


 ↓大まかな位置関係↓


 ●(奈子)    ●(晃一)


 ~~~~記者の壁~~~~

(視線)↖   ↗(視線)

     ((●))(氷雨)

     キョロキョロ


 こんな感じになっていた。


 そんな氷雨の様子に、記者たちもさすがに異変を察知さっちし――


『!? どうしました霧崎氷雨選手、テンション上がってきたんですか!?』


『この大会は何かが違うかもしれないぞっ……撮れ撮れ!!』


〝パシャ!〟〝パシャシャ!〟〝パシャシャシャシャシャシャ!!〟


『ウッ』


「フラッシュくな」


 ツッコミは欠かさない奈子、だが――先ほどの氷雨の様子に、いぶかしい思いを抱えている。


 なぜ、奈子に敵意を向けるのか――なぜ、晃一にあからさまな憎悪を向けるのか。


 記者との次の問答は、そんな奈子への答えに、果たしてなっているだろうか――インタビューと、氷雨の答える内容とは。


『では霧崎氷雨選手、決勝戦の相手は、何と今大会がサッカー大会(袋詰めする方)の初出場という、ダークホースの女子高生とのことですが――』


『―――どうでもいいわ』


『えっ!?』


 先ほどまでの虚無的な受け答えとは違う、けれど〝どうでもいい〟という言葉とは裏腹に、あからさまな感情のこもった声で――氷雨は、言った。



『誰が相手だろうと、どんなコーチに師事をした選手だろうと、関係ない――このアタシが叩き潰して、再起不能にしてあげるから――!』


『! 頂きましたッ……人呼んで《氷結女帝ブリザード・エンプレス》の、力強い優勝宣言ンンン!!』

『この大会、盛り上がってきたァァァァァァ!!』


〝パシャシャ!〟〝パッシャシャパシャッ!〟〝パッシャァァァ!!〟

〝パシャシャシャシャンン~ッパシャシャシャシャシャ!!〟


『ウッ』



 その言葉は、記者たちにではない――明らかに奈子と晃一に向けられたものだと、気付いたのは当人たちのみ。


 もはや氷雨は奈子たちから視線を外している(カメラのフラッシュのせい)が、記者たちの質問はまだ続くようで。


『……ちなみに一回戦では《卑劣なる蛇助》選手に勝利した霧崎氷雨選手ですが、彼の反則行為についてどう思われますか?』


反吐へどが出るわ。二度とツラ見せないでほしいわね』


〝パシャ!〟〝パシャシャ!〟〝パシャシャシャシャシャシャ!!〟


『ウッ』


(……卑劣なる何とかさん、一体どんな反則をしたんでしょうか……)


 氷雨の語気の強さと言い、何となく憤怒も憎悪も先ほどより強い気がする、そんな奈子であった。


 まあそれはそれ、奈子は記者陣の囲み取材現場を離れ、晃一に問いかける。


「あの……さっきの、霧崎氷雨さんっていう人……コーチさんのこと、何だか睨んでましたけど……何か、憎まれるようなことでもしたんですか?」


「全く見当がつかん」


「即答やめてくださいよ、ちゃんと考えました? あ~、う~……ん~……」


 奈子は、問いあぐねていた――〝じゃあ何か関係でもあるんですか?〟〝知り合いとか?〟と――簡単に聞けること、なのに何となく聞きづらいようで。


「……はあ、何でもないです……」


 結局、会話を打ちきる――なぜ聞けなかったのか、奈子にもよく分からないままで。


 ただ、晃一には別の話があるようで、言葉をつづけた。


「ふむ。……では、今日の試合の全日程は、これで終了だからな。文字通り決戦となる決勝戦は、明日だ……今日は英気を養うぞ」


「この競技に日をまたぐ必要あります? ……いえまあ、ツッコミ疲れたので、いいか……じゃあ私、一度家に帰って――」


「では、ホテルへ行くぞ――ついてこい、奈子」


「はあ。……………………はい?」


 聞き違いかな、と奈子がやや不明瞭な返事で聞き返す、と。


 晃一は、はっきりと答えた。



「今日はホテルに泊まり、明日に備える――分かったか、奈子」


「………。…………………」



 沈黙、ややあってまた沈黙――そして、奈子は一気に顔を真っ赤にし。



「……はっ……はいぃぃぃぃぃぃぃぃ!!?」


「おお、元気な返事だな……よし、では行くぞ!」


「いや今のは承諾したわけじゃなくっ……ちょ、まっ……こ、コーチ!?」



 だが晃一は特に気にせず、奈子を伴い競技場を後にする――そもそも人の話を聞かない男である。今更では?


 混乱と困惑の奈子――果たして、彼女の命運とは――!?

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