第11話 二回戦の終わり、即ち本日の全日程終了――……日とか跨ぐんだ、この競技の大会で……へぇ……

 一回戦の終了時と同様……いや、熱気はそれ以上に、広いホールの左右に居並いならぶ屋台は、大賑わいの様相ようそうを見せていた。


 今サッカー大会(袋詰めする方)のために招集されたという有名一流シェフも、気合が入っているのか――少しばかり荒れた口調で、料理を作っている。


『――チッ! 暴威だかハリケーンだか知らんが、食材を乱雑に扱いやがって……クソが! 素材を育ててくださる生産者の皆様に謝れ! カス!』


(それはそう……)


『ふう……はいよ、特製お好み焼きだよ! お代? いらんいらん! さっきの二回戦のは大会関係者と、あと大嵐だとかにも、全額支払わせるよう取り付けてっから! 子供はタダでサービスだよ! レシピとかもェしな!』


『わーい! センキューやたら威勢の良いお姉ちゃ~ん!』

『めっちゃおいし~。匠の業前がヒカってるぅ~』

『ンンッ、ヤリマスネェ!』


(めっちゃ良い人ですね、シェフさん……にしても集まってくる子供も、なんか変な子が多いな……まあ競技が競技だから、仕方ないかな……)


 ここまで来ると、なかば諦め気味の奈子が、心の中でツッコみつつ遠い目をしていると――奈子同様に二回戦を終えていたのだろう、好々爺こうこうやじみた雰囲気の《翁》が現れる。


「ほっほっほ……奈子ちゃん、で良かったかの? やれやれ、年を取ると物覚えに不安があるが……キミのことはしっかりと覚えておったよ。……やはり、勝ち上がってきたようじゃのう……!」


「あっ、《翁》さん、お疲れ様です。お好み焼き食べてるんですね……あ、勝ち上がってきた、ということは……《翁》さんも?」


「ほほほっ! まあ当然……決まっておるじゃろ?」


 にやり、深いしわを更に刻み込み、笑ってみせた《翁》が述べるのは――!



「――――普通に負けたぞい♪」



「そういうの〝勝ち上がってきた〟って言わなくないですか!? え、あの……ま、負けちゃったんですか? その、ご愁傷様です……って言うの、正しいんでしょうかね……? ……え、でも、何でまた……」


「ふっ……勝負は時の運、サッカー(袋詰めする方)は運否天賦うんぷてんぷ(とてもすごい格言)、と言ってのう……まあ、試合内容は次のようじゃったよ……」


 そうして思い出そうとする《翁》の表情は、けれど悔しさより、己が全力を出し切ったものの満足さがあるような気がした。


 それはさながら戦いを終えた戦士のように、あるいは賢人のように――《翁》の試合の内容とは、果たして次のようなものであったという。


▼激戦の回想▼


『3・2・1……フ、フシュ、フヒンッ……3・2・1、ピイィィィィッ!!』


『オーオー! ……おーっとついに審判の指笛が鳴り響き、二回戦が開始されました! さあ今大会、注目度最大級の試合、果たして……ン!? これは、どうしたことか……《翁》選手が動かない!? 一体、何が……試合は既に始まっているぞぉぉぉ!?』


 サッカー台の前に、《翁》は立ち尽くしていた――が、実況の言う通り動きがない。よもや、対戦相手が何らかの能力を使い(能力バトルなの?)、そのために動けないのか。


 試合開始の合図を送った審判が、進行のために《翁》へとうながそうとする。そう、ボクシングとかの試合で見る、何かあの感じだ。


『どうした《翁》! 試合はもう始まっているぞ! さあ、ファイッ! どうした……ファイッ!』


『……ふが? んああ? なんじゃって?』


『!? き、聞こえていなかったのか!? 試合は開始されている! 早く商品を取ってこい、袋詰めするのだっ! ファイッ!』


『……んああ!? なんじゃってえ!?』


『だから試合は始まっていると言っているのだ! 動かないと終わるぞォォォ! 試合、開始とォォォ! 言ったァァァァ!』


『んあああああ!? なんじゃってぇぇぇぇぇ!!?』


『試合ィィィィ!! 始まってまァァァァァァす!!!!』


『はあああああああああ!!? なぁぁぁんじゃってぇぇぇぇ!!!?』


『シアァァァァァァァイ!!! ハジマッテウワアアァァァァァ!!!!』


『――今日の晩飯は何かのおおおおお!!! ばあさんやぁぁぁぁ!!!!!』


『だあああああもう!! アッ対戦相手、レジ袋提出完了! 《翁》選手、敗退! お体、お大事にイィィィィ!!』


『ほっほっほ……恐るべき激戦じゃったのう……?』


 こうして《翁》は敗退しました。


▲回想終了▲


「―――というわけなんじゃよ♪」


「そ、そうですか……色々言いたいことはありますが、とりあえず……喉、大丈夫ですか? すっごい叫んでいたみたいですけど……審判の人も」


「なぁに、平気じゃよ……サッカー選手(袋詰めする方の)ともなれば、大声を出すことくらい、日常茶飯事じゃからのう……!」


「そこの素質、絶対に必要ないと思いますけど……というか周りがオーオーうるさかったから、試合開始のホイッスル……じゃなく指笛が聞こえなかったのでは?」


 奈子のツッコミが的を射ている可能性は大、だが《翁》は軽快に笑うだけで、言い訳などせず背を見せた。


「ほっほっほ、敗者は黙って去るのみ、試合の結果は潔く受け入れるものじゃよ。……ではな、奈子ちゃん。決勝戦へ勝ち上がったキミの試合ぶり、楽しみにしておるよ。ほっほっほ……」


「あ、はい。え、えっと……お体には気をつけてくださいね、お大事に~」


 去っていく彼の背に、軽く手を振って見送る奈子――と、会話が終了した頃合いを見計らい、晃一が奈子に語り掛ける。


「……フッ、ついに決勝にまで勝ち上がったな、奈子……どうだ、気持ちの方は?」


「感想とかは、特にないです」


「フッ、さすがは未来の《サッカーの女王》、優勝以外に興味はないということか――さすがだな!」


「すみません別にそんなこと思ってませんし、勝手に人の気持ちを代弁したっぽくしないでくれますか? 怒りますよ?」


 あっすっスイマセン……。


 ……と、それはそれとして、二回戦を終えたのは奈子だけではない――《翁》に勝利した、即ち奈子の決勝戦の相手となる人物は、というと。


「……あれ? 何だか向こうが騒がしいですね……いえまあ全体的に騒がしい感じですけど、ひときわ騒がしくて、人が集まってる、っていうか……なんでしょう?」


「ああ……《翁》に勝利した者、つまり奈子の決勝戦の相手が……囲み取材を受けているのだろう。約百人ほどの記者からな」


「記者の人ってそんなに暇なんです? ……って、決勝戦の相手って……うーん、記者さんのせいで見えづらい……奥の……あの人かな。んしょ、っと……ん~っ」


 自身の決勝戦の相手が気になるのは、当然の心境であろう――16歳女子の平均的な身長である奈子が、精一杯に背伸びして確認しようとする。可愛い。


 さて、辛うじて決勝戦出場者の姿が見えたのか……と同時に。


「えっ。……き、綺麗……」


 奈子が思わず漏らした声は、呆気にとられつつ、少しばかり惚けたものだった――

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