第5話 激戦の幕開け――《鉄壁の守護者》、その脅威の防御力――!(第一試合前編)

 ほぼ満員の観客席がぐるりと囲い、中央の舞台は広さを仮にバスケットコートほどとし、中央をラインで区切って対戦相手と分けられていた。


 互いのコートには、スーパーで見るような食材や商品が規則正しく、鏡写しのように陳列され――そして横長のテーブルと、その上に置かれたラージサイズのレジ袋が一つ。


 その横長のテーブルこそ、〝サッカー〟を知る人は当然の如くステージと、あるいはピッチと、あるいは戦場とも呼ぶ、大いなる舞台。



 ―――だ―――



 互いのサッカー台の前に立つ、戦士、いやもはや勇者と呼んでも過言ではない、大いなるサッカー選手の名を、実況が叫ぶ。


『さあサッカーファンの皆様お待たせ致しました、ついに運命の大会が開催されようとしております。第一回戦の出場者、まずは西陣から現れたるは、皆様ご存じの《四天王》……人呼んで《鉄壁の守護者》――印藤荒生選手の入場です!』


「ファーッファッファ! 今大会の優勝は余が頂くぞ~!」


 顔面部が開いたツタンカーメンを模したマスクを被った、アラオが現れた瞬間、観客たちからそこそこ歓声が起こる。


『ほほう、いきなり《鉄壁の守護者》が登場とは……荒れますな、荒生だけに』

『彼奴の守備力はまさに鉄壁、あの守備を崩すのは容易ではあるまいて……』

『彼は特に、商品を掴む握力……即ちセービング能力に定評がありますからね。一回戦突破は盤石ですかねぇ……』


 観客たちが囁く中、実況が続いてもう一人のサッカー選手の名を告げようとする。


『そして東陣から現れるは――今大会のダークホース、何と飛び入り参加の女子高生……アッ女子高生ィ!! 栄海奈子選手だァァァァァ!!!』


「女子高生っていうだけで声量を上げてません? やめてくれませんか、そういうの。さて……っ、こ、こんなに観客がいるなんて……き、緊張します……」


 冷静にツッコんだ奈子が、気を取り直して緊張に震える――そう、彼女は生来、気弱で大人しい性格なのだ。この大舞台に怖じてしまうのも無理はない。


 そんな彼女に、観客たちはざわめいていた。


『ナニィ……? オイオイ、サッカーは遊びじゃねェんだぜェ……素人が気軽に飛び込んで、怪我しちまっても知らねェぞ……俺っちが保護してや~りま~すかっ、と……』

『全く、震えているではないですか可愛い……そんなんで試合なんて出来るんですかねえ可愛い』

『ぼくは可愛ければなんでもいいです』


 やはり初心者に過ぎない奈子は知名度も低く、侮られているのだろう。観客たちのヒソヒソ声になおさら居心地が悪くなる彼女だが、実況と解説は進行を続ける。


『さて、実況は私、〝喉の酷使無双〟ことジャン・テキーラと、解説の澤北さんでお送りします。澤北さん、今日はよろしくお願いします』


『ハイよろしくお願いします』


『さて、既に戦場に立つ二人の選手、心の準備は万端でしょうか。まもなく試合が開始されようとしています』


 心の準備など一切できていない奈子、だがコート中央に立つ審判と思しき人物が、二人の選手へ向けてピンマイク越しに威勢よく叫ぶ。


『両選手、準備はいいか!? 試合形式は従来通りのファーストバッグ制、商品形式はワンエッグパックでフォールダウンだ! わかっているな!!』


「ファッファッファ! そのような常識、今さらよ! さっさと始めるが良いわ!」


『黙れ豚野郎! 捻り殺すぞ! 試合前に無駄口を叩くな腐れポ〇×ピーッが!!』


「ひっ……す、すまんでファラオッ!」


「……あ、あの審判さん、ごめんなさい待ってください! ふぁ、ファーストバッグって、何なのかが分からなくて……あとワンエッグパックって……?」


『ファーストバッグはね、商品を一袋に詰め込んで、先に提出台の上に置くことだよ。ワンエッグパックっていうのは、卵1パックを絶対に入れてねってこと。あと基本ルールとして、総重量は5㎏以上でお願いね。2リットルのペットボトル一本で2㎏くらいだけど、同一商品はダメなのも基本ルールだよ。じゃあ頑張ってね♪』


「あっはい。あ……ありがとうございます……」


『ううん、全然いいよ、何でも聞いてね♪』


 態度。


 さて、何にせよ『商品を先に袋詰めして』『提出台の上に乗せる』――そういう試合らしい。……本当に紛うことなく、〝サッカー(袋詰めする方)〟の試合なのだ。


 とにかく、こうして準備が整い――今まさに審判が、ホイッスルを構え。


『では、始めるぞ……3・2・1……ピィィィィィィ!!』


『おおーっと、ついに審判の指笛が鳴らされたァ! 試合開始だァァァ!!』


「そのホイッスル何の意味があったんですか。……ってツッコんでる場合じゃなかった! え、えーと、商品と……卵1パックでしたっけ……」


 やや慌て気味に、奈子が商品群に駆け寄る……と、試合開始されるや否や、即座に駆け出していたアラオが、卵1パックを含めた商品の数々を取り、サッカー台の上に並べた。


「ファッファッファ……さて、この《鉄壁の守護者》のディフェンス力、早速ご披露してやるか……見ておれ衆愚共――ファーッファファー!」


 アラオがレジ袋へ真っ先に投入した、その商品に――実況から驚愕の声が上がる。


『むむっ。……おおーっと、まさかこれは……信っじられません! これはどう考えても自殺行為――た、卵を先に入れたァァァァ!? 解説の澤北さん、これは!?』


『ええ、そうですね』


『そう! 卵がパックに入っていたとて、割れやすいのはお子様でも知る常識! いきなりの蛮行、まさにラフプレー! 一体どうした《鉄壁の守護者》! おかしくなってしまったか――!?』


「ファファファ……まあ見ておれ、コレを……ファーッフ!」


 アラオが大いに叫びつつ、普通に商品を入れていくと――何と、先に入れた卵を囲うように、別々の商品を詰めていくではないか。


 卵1パックを中心に、まるで石段を積み上げるように構成され、そして――最後に蓋をするかの如く、置かれたのは。


『! あ、あれは、あの横長のパックはっ――500gステーキ用国産牛――生産者さんと販売店さんの努力によって何と1980円の投げ売り価格だァァァー!!』


『主婦の皆さんは大喜びですねぇ』


『まさか、まさかこのような展開が待っていようとはっ……卵ワンパック(8個入り)を他の商品で囲い、最後に横長のステーキで蓋をする……まさに鉄壁、素晴らしいディフェンス! これが《鉄壁の守護者》の実力かァ――!?』


 レジ袋に商品を詰め終え、あとは提出台の上に運ぶだけ――もはや勝利を確信してか、アラオは称賛を一身に浴びるかのように、両腕を広げ――


「ファッファッファ……これぞ余の秘技、今大会のために編み出した八千の技の一つ(未完成のものが7998個ほど)――その名も」


 その鉄壁の技の名を――堂々と口にする――



「ファラオ(卵1パック)を守りし―――

 ――――《ピラミッド》――――!」


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