第4話 困惑の奈子、コーチの教えとは――……あれっ結局なんか教えられてましたっけ? あれ、コーチとはいったい……?

『―――ワーワー! ワーーー!!』


 遠く控室にまで届く、観客たちの盛り上がりを耳にしながら――今さらながら、奈子の胸が緊張で早鳴っていた。


(う、うう……結局、流されるままにこんな所まで来ちゃいましたけど……あんなに大勢の観客に見られながら対戦する、なんて……そ、そもそもサッカー……商品を袋詰めと言ったって、何をどうすれば良いのかも分からないのにっ……!)


『ワーワー! ワーワーワー……ワーワーワァーワワァーーー!!』


(それと何で観客の人達はワーワー言ってるんでしょうか……本当に〝ワーワー〟と声を出し続けてるだけですし、喉に負担がかかる以外、何の意味があるんでしょう)


『ワーワッ……んゲッホ、ゲホッゲホ……ッ、ワ゛ッ……ワーワーワ゛ー!!』


(あっやっぱり喉が嗄れた……それでも叫び続けるのは何の根性? 私が知らないだけで、そういう儀式だったりします?)


 そもそもサッカー(袋詰めする方)という競技自体、昨日(本当に昨日)初めて知った奈子である。不安もツッコミも尽きない中、縋るように晃一へと問いかけた。


「あ、あの、コーチさん……私、結局どういう風に戦えば……戦う? えっと、とにかくプレイ……なんか球技の方に失礼な気がしてプレイって言うのヤダな……と、とにかく、どうすれば良いんですか? その、アドバイスとか……」


「ん? アドバイス、か。……そうだな、それは……」


 暫し考えるような素振りを見せた晃一が、けれどサングラス越しにさえ奈子と目を合わせようとせず、告げた言葉は。



「特に、何もない―――好きにやってこい」


「えっ。……えっ!? 好きに、って……どういうことですか、コーチさん!?」


「どういう、も何も、言葉通りだ。奈子、キミはいつも通り、好きに、普通に――買い物袋に商品を詰め込んでくれば、それでいい」


「好きに、普通に、って……そ、そんなの――」


 ともすれば、冷たく突き放しているようにすら聞こえる晃一の言い様に、奈子が言葉を重ねようとするも――マイク越しの放送が届いてきて。


『ワーワー、ワーワー!!』

『ワーワー! ……栄海奈子選手、一回戦が始まります、会場まで入場ください――ワーワー、ワーワー!!』


「いや実況の人までワーワー言ってるの何なんですか、やっぱり何かの儀式なんですか? ……ってツッコんでる場合じゃないです! こ、コーチ!?」


 最後にもう一度、晃一に問いかけると――彼が不動の姿勢で腕組みしつつ発したのは。



「案ずるな、奈子――俺を信じて、行ってこい!」


「うーわ本当にこのまま送り出す気ですよこの人! 信じろって、だからロクに何も教えてもらってないのに信じるも何もないんですってば、ちょっとー!?」



 結局、不安は全く尽きぬまま――奈子は対戦のために、(渋々と)会場へ向かうことになった――

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