第35話 人間 vs 妖怪②
田貫先生はたちまちぼくらのクラスの人気者になった。
田貫先生はとにかく優しい。
伊藤先生みたいに、宿題をやってこなくてもガミガミ怒らないし、遅刻してきても笑顔で教室に手招きしてくれる。何より先生の授業はぼくらには衝撃的だった。
国語の時間では、授業そっちのけで何でも好きな本を読ませてくれるし(先生はその間少年漫画を読んでいた)、算数は「こんなものは電卓を使えば一発だから」と云って、何とゲームの時間になった。学校にゲーム機を持って行って遊ぶのだ。
先生曰く、
「読書は元々面白いものであって、それをいちいち解説してこう読め、ああ読め、これは正解、あれは不正解……なんてやるからくだらなくなる」
「国語に正解はない」
「本を読んでたら自然と漢字も慣用句も覚える」
「算数は正解があるから嫌いだ」
「ライターがある時代に火打石の使い方を教えたって仕方ない」
「RPGゲームのHP管理やAP管理の方がよっぽど頭を使うしタメになる」
ということだった。
大人のくせに、算数が嫌いだなんてどうどうと言うのが何だかおかしくて、みんな笑った。優しくて、面白くて、授業中に漫画を読んだりゲームをさせてくれるのだから、人気が出ないはずはない。
「ねえたぬき先生、何か面白い話してよ」
みんなは親しみを込めて田貫先生をたぬき先生と呼んだ。給食の時間から昼休みが終わるまで、わらわらと先生の周りに集まって騒いだ。大学時代は弓道部で全国大会にも出場したようで、運動神経も抜群で、クマみたいな
「じゃあ今日は『一ノ谷の合戦』の話をしてあげよう」
たぬき先生は大昔の合戦やら戦争の話に詳しくて、それがまた、まるで実際に見てきたみたいにやたらと臨場感のある話し方をするもんだから、みんなたちまち夢中になった。
ぼくはそんなクラスメイトたちの様子を傍目で見ながら、やっぱり今日も、一人頭を抱えて唸っていた。クラスは今や空前のたぬきブームだが、しかしその一方で、きつねのコックリさんの方は、いまだに姿を消したままだった。
いるかちゃんは「そのうち帰ってくるわよ」と慰めてくれるが、だけどぼくの不安はそれだけじゃなかった。あの後、コックリさんのことを相談しようと花子さんに会いに行ったのだが、それも空振りに終わった。何と彼女が根城にしていた『ティアマト水洗』もまた、いつの間にやら封鎖されていたのだ。
結局花子さんにも会えず終いだった。普段なら頼んでないのに姿を現して、人を裁くチャンスを常に狙ってるのに。死神のこいしさんも、詐欺師のオッサンも(彼はまた何かやらかして逮捕されている可能性もあるが)、ここしばらくぼくは怪異らしい怪異に
ぼくの気持ちなんてお構いなしに、窓の外は青々と晴れ渡っていた。日常は平穏そのものだったが、だけど妖怪裁判所に呼び出されたり、夢の世界に閉じ込められたりしないのは何だか物足りない。小さな不安は日に日に増していく一方だった。もしかして、コックリさんたちに何かあったのだろうか……?
「……それで最後に、彼らはその狐を鍋にして食べたんだ」
「えぇええええっ!?」
教室は今日も先生の話で大盛り上がりだ。ふと視線を感じ、顔を上げると、人だかりの向こうからたぬき先生がぼくの顔をじっと見てほほ笑んでいた。ぼくはふと、先生と道端で会った時のことを思い出していた。そういえば、あれは、一体どういう意味だったんだろう?
「じゃあ先生、結局その合戦で、悪者は敗けちゃったの?」
「嗚呼」誰かが甲高い声を上げて、たぬき先生がメガネを光らせた。
「良いかいみんな。
「はぁい先生」
「どんな手段を使っても?」
「そうだよ。勉強・恋愛・ゲーム・人間関係・スポーツ・芸術・就職・経済・歴史・戦争・少年漫画……生きてる限り人はいつだって競争の連続で、そしていつだって、勝つことがすべてなんだ。分かったかい?」
「はぁい先生」
「でも、じゃあ」女子生徒の一人が眉をひそめて先生に尋ねた。
「勝つためなら……何したっていいの? 相手を殺して、鍋にして食べても?」
「もちろんじゃないか」
たぬき先生がにっこり笑った。
「
「はぁい先生」
みんな声を揃えて先生に従った。
たぬき先生はたちまちぼくらのクラスの人気者になった。
たぬき先生はとにかく優しい。
……ぼくらは間違っていた。
しばらくして、ぼくらはそれを思い知らされる羽目になった。
たぬき先生は、優しいんじゃない。
先生はぼくらに……人の生き死にというものに……心底興味がないだけだった。
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