第16話 なまはげ vs SDGs⑤

「助けてくれよぉっ!」

「ごめんなさい、もうしませんからぁっ!」

「健太!? 秀平!?」


 侵入者の捕まった部屋に案内されると、見知った顔がいてぼくは驚いた。


「何してるのここで!?」

「悠介!?」

「こんなとこで何してんだお前!?」

「侵入者って2人のことだったの!?」

「テメーら、覚悟はできてんだろうな?」


 泣きじゃくる2人に向かって、なまはげのお兄さんが嬉々として錆びた包丁の切先を向けた。


「ぎゃあああ!? 出たぁあああ!」

「ママ〜!」

「ど……どうする気なんですか?」

「あぁん?」


 薄暗い部屋の中。ふさふさのアフロを揺らしながら、一歩一歩、ドス黒い影が2人に近づいていく。ぼくはゴクリと唾を飲み込み、恐る恐るお兄さんに尋ねた。


「そうだな……こう、つま先からちょっとづつ……」

 窓の外から月明かりが差し込む。なまはげのお兄さんはポキリと首の骨を鳴らし、ニタァ……と笑みをこぼした。


「一年かけてみじん切りにする」

「そんな!?」

「ぎゃああああああああ!!」

「ママァ〜!!!」

「ちょ、ちょっと待ってください!?」


 ぼくは思わずお兄さんの前に飛び出していた。


「あ? 何だテメーは」

「そんな……ちょっとした子供のいたずらじゃないですか……!」

「だから?」

「何もそんな……! いくらこいつらが大根や人参みたいだからって、何もみじん切りにしなくても……」

「なんでテメーがそんな奴ら庇うんだよ?」


 錆び色の切先が構わずずんずんと近づいてくる。ぼくは震え上がった。料理番組と違って、こっちは3分も待ってくれそうになかった。


「そ、そりゃ、だってクラスメイトだし……友達だし」

「だから何だよ? クラスメイトだろうが友達だろうが、他人には変わりないだろ。何? お前コイツらと仲良いの? 仲が良いから助けるの? じゃあ仲が良くない奴は助けないの?」

「うぅ……!」

「何だよ『友達だから助ける』って。じゃあ友達じゃない奴は見殺しにするって事か」

「そんなこと……!?」


 なまはげのお兄さんは冷めた顔で目を細めた。


「所詮テメーの正義感だとか博愛精神なんて、その程度のモンなんだよ。ただ身内同士で慣れ合ってるだけだ。悪いけどお兄さん、そういう馴れ合いとか庇い合いみたいなの、大っ嫌いなんだよね」

「い、いや……どっちかっていうと仲悪いけど……」

「はぁ? 余計意味分からん。じゃ何がしてぇんだテメーは? カッコつけたいだけか」

「なんていうか、その……やっぱりこんなのおかしいよ!」

「おかしくねえよ。ゴミはキチンと処分する。SDGsだろ」

「こんなの、全然地球のためでもないし!」


 思いっきり叫んだつもりだったが、喉はカラカラで、声は掠れていた。


「友達すら……すぐ隣にいる人すら助けられないのに、地球を助けられる訳ないじゃん……!」

「何だァ、テメェ?」

 お兄さんが舌打ちした。

「急に教育番組みたいなこと言いやがって。今更日和ってんじゃねェぞ」

「ぼくは……でも……その」

「あーあ、せっかく今日は『チューナーレステレビ』という名のSDGsを教えてやろうと思ったのになァ。坊主、地球のために善いことしたくないのか?」

 地球のために。未来のために。

「SDGsな戦争、SDGsな核兵器、SDGsな人類滅亡……さっさとぶっ壊すもんぶっ壊そうぜ」

「でも……SDGsって言えば何でも許される訳じゃ……だって、いくら『これは善いことだ』って言い繕っても、中身が悪いことだったら、やっぱりダメなんじゃ……!?」

「カーッ!」


 お兄さんが途端に呻き声を上げた。ぼくがあまりに真面目なことを言ったので、じんましんが出たらしい。


「あのなァ、坊主。本音と建前ってあるだろうが。物分かりのいい大人はな、体裁ガワさえ取り繕ってりゃ、内容ナカミなんかどうだって良いんだよ。『いじめはありません』って、上っ面だけ言い繕ってりゃ、いじめはなかったことになるの!」

「そんなぁ……」


 お兄さんがぼくのおでこに錆びた包丁の先を押し当てた。


「……!」

「じゃあ……こうするかァ。今すぐ逃げるか、それともソイツら助けてテメーが此処で死ぬか、どっちか選べよ」

「え……!?」

「だってそうだろ……どっちも助かるなんてそんな、そんな都合のいい話ねえだろ。テメーのその英雄気取りのカッコつけた行動がよぉ、上っ面だけなのか、それとも本心から出たものなのか、確かめさせてくれよ」

「…………」

「なァ? 口だけなら何とでも言えるもんなァ?」

「……っ」

「へぇ……」


 気がつくとぼくは、縛られた2人の縄を解き出していた。自分でもどうしてそんなことをしたのか分からない。ただぼくは、まだ大人でもないし、自分で思っているほど物分かりも良くなかったみたいだ。


「悠介……」

「……物分かりの悪い奴ァ、正直言って嫌いじゃないよ」


 なまはげのお兄さんは感心したように目を細めた。

「お前……だな」


 ぼくが顔を上げると、ちょうど振り上げられた包丁が、ぼくの方に降りてくるところだった。


「う……うわぁあああっ!?」


……


………


…………


………………どれくらい経っただろうか。


「はっ!?」


 気がつくとぼくは、知らない部屋で横になり、知らない天井を見上げていた。

「はっ……はぁ! はぁ……っ!?」

 一体どうしてこうなったんだっけ? 確かぼくは、お兄さんに……いやなまはげに包丁を振り下ろされ、そして……

「起きたか」

「!」


 耳元でなまはげの声がして、ぼくは飛び上がりそうになった。だけど、体が動かない。どうやらぼくはベッドの上に縛り付けられているようだった。


 そうだ。ぼくはなまはげに捕まり、それから足の、親指の爪の先を切られたのだった。


 外は暗く、星が瞬いている。明かりのない部屋で、なまはげの影だけがやたら大きく、煙のようにゆらめいていた。


「さて……これから一年かけてお前を細切りにしていく訳だが」

「ひっ……!?」


 ベッドの上で大の字になったまま、ぼくは息を呑んだ。錆びた包丁は切れ味が悪くて、何度も何度も叩きつけないと中々切れなかった。これが爪じゃなく、肉だったら……骨だったら。ぼくはゾッとした。


「何か言っておきたいことはあるか?」

「ど、どうして……!?」


 急に心臓を鷲掴みされたような気分になって、ぼくは目に涙を浮かべた。


「どうしてこんなことするの……!?」

「そりゃお前……」

 アフロのなまはげが、あくびをしながら嗤った。


「お前がだからだよ」

「え……!?」

「これから俺はたっぷり時間をかけてお前を、お前らを悪い子に教育していく。悪い子がいないんだったら、こっちから悪い子を作れば良いんだ。これこそ何よりのだろうが。ケケケケケ!」

「ひぃい……っ!?」


 暗闇の中で欠けた刃が妖しく光る。それだけでもう、漏らしてしまいそうだった。


「どうした?」

「ぼく……おしっこ……!」

「ここでしろ」

「そんな……!?」

 こんなところで、トイレでもないのに、服も着たままできるわけない。

「安心しろ。飯も食わせてやるし、ケガも治療してやる。簡単に死なれちゃ面白くないもんな」

「た……助けてぇ!」


 全然安心できなくて、ぼくは泣き叫んだ。だけど、広いお屋敷では誰にもぼくの声は届かない。鎖の音が虚しくガチャガチャと響く。せめて誰かに、ここに来ることを言っておけば良かった。なまはげの言うことを真に受けて、誰にも秘密にしてたんだ。どうしてこんな怪しい奴のことを信じてしまったんだろう。これからぼくは一年かけて、ここでマッシュドポテトみたいにされてしまうんだ。


「うわぁぁああんっ!」

怪怪怪怪怪ケケケケケ……!」


 暗く狭い拷問部屋の中に、泣き声と笑い声が交錯する。その時だった。


 キィィィィ……。


 ……と音がして、部屋に光が差し込んできた。誰かが部屋に入ってきたのだ。


『うわクッセ! 何だこの臭い!? 誰かションベン漏らしたのか!?』

「誰だ!? テメーは!?」


 たちまちなまはげの怒号が飛ぶ。どこからともなく聞こえて来たパンク=ロック風の音楽がそれをかき消す。ぼくはハッとなった。この感じに、ぼくは覚えがあった。


『臭う……臭うぜぇ! 悪の臭いだ。醜悪だな、こりゃ。ひーひひひひ!』

「どうやってここに入ってきた? 鍵は閉めといたはずなんだが……」


 そんなに臭うだろうか? ぼくのおしっこは、そんなに醜悪じゃないはずだが……必死に顔を上げたが、あいにく声の主の姿は見えなかった。視界の端で、頭の天辺の、ピンク色のおかっぱ頭が滲んでいるだけだ。ぼくはこの人を知っている。


「この声は……!」

「テメーは……」

『トイレの花子さん』


 言うが早いが、花子さんは思いっきり金属バットをフルスイングした。

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