第17話 なまはげ vs SDGs⑥
『ホ〜ムラ〜ン!!』
た〜まや〜!!
みたいな勢いで、花子さんが人の頭蓋骨を粉砕しに行った。
ぼくの目と鼻の先で、つんざくような破裂音と火花が飛び散る。釘付き金属バットの強襲を、なまはげが包丁で受け止めたのだ。刹那の鍔迫り合い。それからすぐに、ドラムロールみたいな斬撃の応酬が、右から左から入り乱れた。ぼくの頭の上で。
バケモノだ。
ぼくは息を呑んだ。
バケモノ同士が、戦っているのだ。というか何故わざわざぼくの上で戦うんだ。
「当たっちゃう! 当たっちゃうから!」
『黙れ小僧! 当ててんだよ!』
「何でだよ!? 助けに来たんじゃないの!?」
『この
「どっちの味方なの花子さん!?」
『私は、正義の味方だ。ひひひひひ!』
正義の味方はそんな不気味な笑い方しないと思うけど……そもそも正義の味方は、ハッピーセット感覚で人を死刑にしたりしない。
『死ねッ! 死ねッ、死ねぇぇええええッ!』
「それが正義の味方のセリフか……!?」
釘の先がぼくの頬を掠めて、たちまち鮮血が飛んだ。こうなるともう、花子さんの応援をしている場合ではなかった。
「ま、負けないでぇ! なまはげのお兄さぁんっ!」
「ケッ!
なまはげがベッドごとぼくを乱暴に押し倒し、花子さんにぶつけようとした。ぼくを武器に使ったのだ。花子さんは舌打ちして、飛んできたベッドを容赦なく打ち返した。
「ぎゃああああっ!?」
頭が割れるような衝撃。視界がグルングルンと回転する。気がつくとぼくは部屋の隅に追いやられていた。幸い怪我はなかった。それにこれで、どうにかぼくの体の上が戦場になることは無くなった。ありがとう、悪の人。
「正義って言えば何したって良いと思ってやがるッ! この世で一番上っ面だけの、中身のない言葉だッ!!」
『はっ。そうかい。私が一番キライなのはな……』
花子さんは手を休めなかった。五月雨のように金属バットの雨を降らしながら、なまはげをジリジリと壁際へと追い詰めて行く。
『頼んでねーのにぐだぐだぐだぐだ能書き垂れまくる、テメーみたいな説教野郎だよッ!』
「ぐっ……!」
いくら体格差があるといえど、金属バットと錆びた包丁では、リーチも強度も桁違いだった。欠けていく刃の赤錆が、線香花火のようにぱらぱらと宙で輝く。それに比例して、なまはげの表情が徐々に余裕を失っていった。
「おい! 悠介!」
「え……!?」
「こっち! こっち!」
すると、どこからともなくぼくの名前を呼ぶ声がした。どうにかして首を曲げると、窓の外に、健太と秀平の顔が見えた。
「2人とも!」
「シーッ! 今のうちに逃げるぞ!」
「助けに来てくれたの!?」
2人はぼくのところまでほふく前進でやってきた。健太が鎖を外しながら、若干気まずそうな顔で怒鳴った。
「当たり前だろ。助けてもらっといて自分だけ逃げ出したんじゃ、格好がつかねえだろうが!」
「そうそう。余計なことは考えず、今は生きてることを喜ぼうよ」
全くその通りだ。ぼくは頷いた。生きてこそじゃないか。敵も味方も、正義も悪も関係ない、今は生きていることに感謝するべきだ。とにかくこんなバケモノじみた戦いに巻き込まれたんじゃ、命がいくつあっても足りない。ここは、人間のいるべき場所じゃない。なおも戦い続ける二項対立を尻目に、ぼくらはできるだけ急いで
『獲ったッ!』
やがてなまはげを壁際に追い詰めた花子さんが、その脳天に痛烈な一撃を与えた。全く躊躇がない。一体どれほどバットで人を殴り慣れているんだろう。ぼくは恐ろしくなった。
「ぐ……!」
飛び出した釘の先端がアフロに引っかかって、なまはげが呻き声を上げた。そのままずるずると、アフロごと床に引きずり倒される。
『ひひひ! じゃあな、オッサン! 年貢の納め時ってヤツだな!』
「フン……」
平伏してなお、なまはげもまた、不敵な笑みを浮かべた。
「分かってねぇなァ……正義の味方さんよォ。これで
『あ?』
「悪い子がいるところ、それが俺の領域よ。子供ってのは大人の背中を見て育つモンだぜ……ケケケ。悪い大人がいる限りッ、なまはげは何度でも蘇るさッ!」
『……毛根ごと死滅しろッ! このハゲーッ!』
「もう今後ともしないでね、なまはげさん」……だろうか? 何だかコンプライアンス的に不味い表現があった気がするが、きっとぼくの聞き違いだろう。そもそも正義の味方が、そんなこと言うはずないのだ。きっとそうに違いない。ぼくは自分に言い聞かせた。
『ハゲコラッ、死ねッ! オラァアアッ!!』
花子さんが金属バットを振り下ろした。だがしかし、なまはげに当たるその瞬間、彼は煙のように消え失せ……
「
……後には不気味な嗤い声と、ふさふさのアフロだけが残った。
『チッ……逃げたか』
ぼくは、何も見ていない。何も聞いてない。忘れよう。だって世界はこんなにも美しく、そしてみんな、限りある命で精一杯、未来でも過去でもなく、イマを生きてるじゃないか。それで良かったんだ。地球のためだとか、国のためだとか、そんな大それたことじゃなく、まずは自分を大切にして生きることが、大事なんじゃないかな。
『何教育番組みたいなことブツブツ言ってんだ。現実を直視しろよ』
「う……うわぁあああっ!?」
真っ赤に染まったバットが、残されたアフロをさらし首みたいに掲げた。ぼくらは在らん限りの叫び声を上げて、大急ぎで屋敷から逃げ出した。
……。
………。
…………。
……………それから数日後。
「うーむ。そうか、ワシがネコチャンと戯れている間に、そんなことが……」
「本当に大変だったんだから!」
ぼくらはコックリさんの稲荷神社にいた。ぼくといるかちゃん、野良猫、それに健太と秀平もいた。仲直りなんて大それたものじゃないけど、少なくとも2人とも、発売日前にネタバレすることは無くなった。それで良いのかもしれない。世界を救うだとか、そんな大げさなことじゃなくても良いんだ。
「ま……世の中にはああ言う小悪党もいるってことじゃな。うむ。良い勉強になったじゃろう」
「なんか……最後にまとめて一言、みたいなこと言ってるけど……今回コックリさん何もしてないよね??」
「何を言ってるんじゃ! ワシは今回、たくさんネコチャンの写真を撮ったぞ!」
「何だよそれ。ったく、人が殺されかけてたってのに、呑気なヤツだなァ」
「にゃー」
「まぁ、可愛い!」
なまはげに騙されて買ったキーホルダーやぬいぐるみは、被害にあった他の親御さんが消費者センターに電話して、消費者庁から行政処分が下された。何のこっちゃ良く分からないが、少なくともこれで、なまはげのことは心配しなくても良いらしい。きっと世の中善い人ばかりじゃないけど、悪い人ばかりでもないと言うことだろう。
『よぉ』
すると突然、茂みの中からピンク髪のパンク=ロッカーが現れてぼくらは飛び上がった。
「で、でたっ!」
「花子さん!?」
「どうしてここに!?」
「ワシが呼んだんじゃよ」
コックリさんがニコニコしながら頷いた。なまはげを追いかけ回すのに夢中になっているのか、花子さんは、ぼくらを死刑にするのは忘れているようだった。とにかく叩ければ何でもいいのかもしれない。花子さんはクックッと嗤いながら、金属バットを肩で担いだ。
『そこらじゅうに野良猫がマーキングしてるからな……この調子で私の領域が広がっていけば、そのうち世界が……ふひひ!』
「この正義の味方、世界征服を企んでるよ……」
『お前らが漏らせば漏らすほど、私の領域が展開して行くんだ』
「知らないのそんなの。何なんだ」
『また私に逢いたくなったら……いつでもションベン漏らしな』
「ヤだよ!」
もう二度とお漏らしはすまい。ぼくは心に誓った。花子さんはそれから、コックリさんに獲った首……じゃなくて、アフロを投げて寄越した。
「うむ。このアフロを封印しておけば、あのハゲのオッサンも、しばらく弱体化するじゃろう」
「そうなの!? 良かった〜!」
「そのアフロが本体なの?」
「じゃが、忘れるなよ」
コックリさんがぼくらを見渡して、真剣な顔をして咳払いした。
「もしお主らが悪しき心を持ち、万が一悪い子になってしまったら……きっとなまはげはまた復活するじゃろう」
「ひぇっ……!」
「だからこそ、各々、自分の弱い心に負けないようにの」
「コックリさん……」
「ニコリちゃん……」
「にゃー……」
この狐巫女、最後の最後だけ道徳的なことを言って、無理矢理良い話にしようとしている……。終わりよければ全てよし、みたいな感じで締めようとしているが、しかし今回はあまりにもコンプライアンス的に不味いことが起こりすぎた。少なくとも子どもには見せられないし、教育番組にはならないだろう。ぼくも反省した。上っ面だけ取り繕おうとしても、やはりダメなのだ。
しかし……全部が全部、道徳的な、教育番組にならなくたって良いのかも知れない。
そう言うことにして、ぼくらはそれからしばらくネコチャンと戯れた。楽しかった。
うららかな昼下がり。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます