第15話 なまはげ vs SDGs④
「悠介くん!」
放課後。
ぼくがSDGsの活動に行こうとしていると、向こうからいるかちゃんが駆け寄ってきた。
「どこ行くの? 最近何だか、いつも帰るの早いね」
「いるかちゃん」
ぼくは何というべきか迷った。なまはげのお兄さんに、活動内容は外部に漏らすなと口止めされていたからだ。善い行いは他人に言いふらしたり見せびらかしたりするもんじゃないから、だとか。ぼくは感動した。あのお兄さんは本当に立派で素晴らしい人だと思う。
そしているかちゃんも、それと同じくらい、それ以上に素晴らしい人なのだ。
いるかちゃんなら分かってくれるんじゃないか。
ぼくは迷っていた。SDGsは、まだまだ誤解されているけど、本当はとても立派な活動なのだ。漫画だって無料で読めるし、電車賃だって安く済む。彼女なら秘密も守ってくれるんじゃないか。それで、思い切って打ち明けることにした。
「そうなの。SD……Gs?」
「そうなんだよ。すっごく素晴らしいの。ぼくらはかけがえのない宇宙船地球号の乗組員の一員として、地球のために、この国の未来のために、環境破壊に毅然とした態度で立ち向かって行かなくてはならないんだよ。偉い人も賢い人もみんなそう言ってるんだから。偉い人や賢い人が言うことって、絶対間違いないでしょう?」
「私は……」
身を乗り出して話すぼくに、いるかちゃんはぎこちない笑顔を見せた。
「私は地球のためだとか、お国のためだとか、何だか大きすぎて良く分からないわ。そんな大げさなことじゃなくて良いから……自分のこととか、身の回りのこととか、手の届く範囲から始めてみたら?」
「いるかちゃん……」
「ごめんね。せっかく善いことに誘ってくれたのにね」
「……ううん、良いんだ。でも、みんなには内緒にしといてよ。秀平や健太なんか、いっつも発売日前にネタバレして、自慢してくるんだ。まだ公表されてない作品を勝手に覗き込んでさ。あんな奴らにSDGs教えたくないよ」
「うん……悠介くん」
ふと顔を見ると、いるかちゃんは何だか心配そうな顔をしていた。
「気をつけてね。世の中……決して善い人ばかりじゃないから……」
「…………」
チャイムがなった。ぼくは迎えのハイエースに乗り込んで、今日も地球を救う旅に出かける。
「さァて、今日は何しようか? 有名な絵画にペンキでもぶっかけに行くか? きっと気持ち良いぞ」
「知ってる! それニュースで見た」
「でも……それってSDGsなの?」
「もちろんだ。だって俺たちゃ地球の事をこ〜んなに真剣に考えているんだぜぇ? ギャハハ! 環境破壊への抗議って言っときゃ、何をしたって構わねぇのさ」
ハイエースが凸凹道をかっ飛ばす。その日ぼくらがやってきたのは、町外れにある古びた空き家だった。空き家といえど、玄関にはライオンの置物がいて庭にプールが付いているような、いわゆる大金持ちが住んでいるお屋敷だった。最初その家を見た時、ぼくは開いた口が塞がらなくなった。だって本当に、ぼくの家が十軒くらい……いやもっともっと入る……それくらい広い家だったもの。
ぼくらの活動を安定させるためには拠点が必要だと、お兄さんが見つけてきたのだ。こんなすごい家を一体どうやって手に入れたのかと尋ねると、「安心しろ。契約書にサインしたのは向こうだから、文句は言わせねェよ」と嗤って誤魔化された。
「お前ら、ネズミ一匹見逃すんじゃねェぞ! 隅から隅まで綺麗に掃除しろ」
「はーい!」
ぼくらは雑巾や箒を片手に、喜んでお屋敷の探検に出かけた。上は3階に屋根裏部屋、下には地下室まである。そこら辺の公園より断然広い。かくれんぼには持ってこいだった。実際ぼくらはかくれんぼをして遊んで、何回かお兄さんに怒られた。
とにかく家が広すぎるから、これだけ大人数で掃除しても、一向に終わる気配がない。夜になって、クタクタになるまで床を拭いても、まだ100分の1も、いや1000分の1も終わっていなかった。
「しばらくは地球のために、この家を掃除しなくちゃなあ」
「隊長! ちょっとこっちに来てください!」
「あぁん?」
帰り際になって、SDGserの1人がお兄さんを呼んだ。ぼくらは活動中、面白がってお兄さんのことを「隊長」だとか「キャプテン」と呼んでいた。
「侵入者を捕まえました!」
「何だと? どうやって入ったんだ?」
「どうやら壁に子供が入れるくらいの小さな穴が空いているみたいで……ずっと隠れてここを秘密基地にしていたみたいです」
「フゥン……けど、此処はもう俺らのモンだ。勝手な真似してもらっちゃ困るな……」
困る、と言いながらも、お兄さんはとても嬉しそうに唇の端を釣り上げた。今までで一番、嬉しそうだ。嬉しすぎて、目がほとんど白目になりかけている。
「そっかぁ……
「た、隊長!? 大丈夫ですか!?」
「お前ら、誰か包丁取ってこい」
「えッ!?」
「包丁だよ。台所にあっただろ。一番長くて、切れ味の悪いヤツな」
「は……はいっ!」
「……安心しろよ」
ぼくらの不安げな視線に気がついて、お兄さんは急いでよだれを拭った。
「ちょっと、脅かすだけだから……脅かすだけ……おど、脅っ、オヒョ、オヒョヒョヒョヒョ!」
広い廊下に不気味な高笑いが響き渡る。忘れてた。この素晴らしいお兄さんの正体は、なまはげだったのだ。
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