第7話 コックリさん vs chatGPT⑦
「いやぁ〜本当に助かったよ!」
翌日。
教室には鮎川くんの弾けるような笑顔があった。その隣には大根や人参……もとい健太や秀平の姿もある。昨日、山の頂上で遭難しかかったのだが、何とかこうして無事に下山出来たのだった。
「マジで危なかったぜ〜ッ!」
健太が荒々しくダミ声で大笑いした。3人とも多少の擦り傷こそあるものの、大きな怪我も後遺症もなく、まさに不幸中の幸いだったと言えるだろう。
「あの時コックリ様が飛んできてくれなかったら、俺たちどうなってたか」
「何がコックリ様だよ。調子良いんだから」
「あぁ? 何がだ? コックリ様はコックリ様だろうが」
助けられる直前まではインチキキツネなどと罵っていたくせに。全く現金な奴らである。
「でも良かったわ。みんな無事で」
さらにその隣でいるかちゃんがほほ笑んだ。いるかちゃんの腕には、抱えられた野良猫みたいにコックリさんが収まっている。昨日はアレだけ泣きじゃくっていたのに、今日はいつもみたいにツンと澄ました顔をしている。
「雷雨でスマホが圏外になっちゃってね」
鮎川くんがやれやれと言った表情で頭を掻いた。
「参ったよ。一応地図アプリはオフラインでも起動したんだけど、雨に土砂が流されて道が微妙に変わっちゃってて。どれだけ地図が正しい道を表示しても、上手く目的地に辿り着けなかったんだ。もしコックリさんがいなかったら……」
「ふふん。これでワシのすごさが少しは分かったじゃろう」
いるかちゃんの腕の中で、コックリさんが何処か誇らしげに鼻息を荒くした。
「あの山はワシの庭みたいなものじゃからの。ま、これは貸しじゃ」
「ニコリちゃんのおかげよ。本当にありがとう!」
「おぅ、助かったぜ!」
「神通力ってのも中々侮れないモンだね。今度焼肉奢るよ。あ、油揚げの方が良いのかな?」
みんな和やかなムードで、教室の片隅に笑顔の華が咲いた。ぼくも一安心だった。一時はどうなるかと思ったが、コックリさんも自信を取り戻したみたいだし、どうやらこれで一件落着……
「あ、そういえば」
……とはならなかった。
「悠介くん。伊藤先生が探してたわよ」
「え?」
「今すぐ職員室に来なさい……って」
いるかちゃんがぼくに向き直ってそう教えてくれた。
「何だか怒ってたみたい」
「おう! お前、また何かやらかしたんか!」
「いや、そんな、ぼくは別に何も」
何だろう? 本当に心当たりがない。慌てて職員室に行くと、担任の伊藤先生が腕を組み、硬い表情でぼくを待っていた。
「畑中くん!」
「は、はい! な、何ですか……?」
「あなた、アレほど使うなって言ったのに……」
先生は悲しそうな顔をして深いため息をついた。
「夏休みの宿題に、生成AIを使ったでしょう!?」
「え……」
「ダメだって言ったじゃない! きちんと精査したら、すぐにバレるんですからね!」
「だ、だけどぼくは……ぼく、本当に使ってません!」
ぼくは目を白黒させた。本当だ。ぼくが使ったのは、コックリさんだ。だけどまさか、実はコックリさんに宿題を解いてもらいました……なんて言う訳にもいかない。
「惚けないで! 最初の数行は確かに自分で解いたようだけど……残りは全部chatGPT! まるっきり答えが一緒じゃない!」
「えぇ……!?」
「嗚呼……それはワシじゃ」
「うわっ!?」
何やらポケットがモゾモゾしたかと思うと、突然コックリさんの顔がにゅっと飛び出してきて、危うく僕はひっくり返りそうになった。
「コックリさん! どういうこと!?」
ぼくは狐少女に詰め寄った。
「宿題、コックリさんが解いてくれたんじゃなかったの!?」
「嗚呼、うん。確かに途中まではワシが解いていたんじゃが……」
「途中まで?」
「……途中でめんどくさくなって、残りはchatGPTに解いてもらった」
「いやダメだろ! コックリさんがchatGPT使っちゃ!」
アレほど敵視していたのに。こっちもこっちで、全くちゃっかりとした奴である。
「だって無料だし……」
「ダメだよ! ズルイ……狡いじゃないか! そんな、生成AIに頼って!」
「よぉく分かってるじゃない!」
「仮にも稲荷神が……縄張りがどうのこうの言ってたのは何だったんだ」
「五月蝿い。便利なものは使うまでじゃ」
「……誰と喋ってるの?」
ふと顔を上げると、伊藤先生が怪訝そうな顔をしてぼくを見下ろしていた。どうやら先生には……大人の人にはコックリさんの姿は見えていないようだった。それからぼくは先生にたっぷりと絞られ、夏休みの倍くらいはある宿題を追加で出されてしまった。今度ばかりはコックリさんも手伝ってくれなかった。仮に頼んでも、彼女は喜んでchatGPTを使うだろうから何の意味もない。ぼくは肩を落とした。
「これでワシも、鬼に金棒よぉーっ!
コックリさんはぼくらのことが妙に気に入ったのか、それからもちょくちょくぼくらの元に遊びに来るようになった。そのせいで、ぼくらはちょくちょく、摩訶不思議な怪事件に巻き込まれていくことになる。
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