第6話 コックリさん vs chatGPT⑥

「おぉい!」

「ニコリちゃーん! どこにいるのぉ!?」


 ぼくらは学校を飛び出し、周辺を探し回った。小学校の近くに山があって、先生や親は固く入山禁止にしていたけれど、そんなのお構いなしにみんなの遊び場になっていた。


 大体この町には遊び場が少なすぎるのだ。公園はボール遊び禁止だし、遊具は撤去されたし、大声で騒ぎ回ろうものならすぐ社会問題になるのでつまらない。ゲームセンターもなければ映画館も、ボウリング場もない。四方を山や川に囲まれ、最寄りの大都市まで、どこに行くにもただっ広い田んぼ道を通らねばならず、まるで砂漠をひた歩くキャラバンみたいな気分になる。


 だからぼくらは家でゲームをするか、それか山に集まった。ここでカブトムシを捕ったり、”山道鬼ごっこ”をしたり、夏休みは天体観測などをして遊んでいた。


「頂上の方へ行ってみる!」

 健太と秀平が入道雲の方を指差し、鼻息を荒くした。いるかちゃんが眉をひそめた。


「でもそろそろ夕立が来るかも……危ないわよ」

「構うもんか。あのインチキキツネを捕まえるんだ!」


 2人はいきり立って山道を駆け上っていった。慣れた獣道とはいえ、野生の猪と出会したり、決して安心安全な場所ではない。すると鮎川くんが爽やかな笑顔で

「僕、行ってくるよ。大丈夫、危ない場所には行かせないから」

 と言って2人の後を追った。


「鮎川くんがいれば安心ね」


 いるかちゃんが何だか夢見るような目つきでそう言うので、ぼくは面白くなかった。


 残ったぼくといるかちゃんはふもとの方を探すことになった。しばらく歩き回っていると、やがて案の定、ぽたぽたと雨が滴り落ちてきた。あれほど晴れ上がっていた空が、急に停電したみたいに真っ暗に染まっている。


「まぁ。3人とも大丈夫かしら」

「あそこで雨宿りしよう!」


 あっという間に雨足が強くなり、大粒の雨が滝のように地面を叩き始める。ぼくらは悲鳴をあげながら、ふもとにあった古い神社へと滑り込んだ。


 そこは、もう何年も人の手が入っていないような、寂れた小さな稲荷神社であった。町に一つしかない郵便局よりもさらに小さい神社だ。大きな樹木の下で、周辺の道路からも目立たない位置にひっそりと立っていた。


 小さな神社だが、子供が2人雨宿りするには十分な広さだろう。境内の雑草は腰の高さまで伸び放題で、軒下の至るところに蜘蛛の巣が張っていた。壁はところどころ穴が空いていて、錆びた鈴が、しゃれこうべみたいに賽銭箱のところに転がっている。何だか心霊スポットみたいで、ぼくは背筋が寒くなった。


「お邪魔しまーす……」


 壊された引き戸から薄暗い中を覗くと、中には先客がいた。ほのかな白い光が、ぼうっと暗闇で輝いている。その光には耳がついていた。


「あ! コックリさん!」

「まぁ! ニコリちゃん、こんなところにいたの?」

「お前たち……」


 ぼくらが声をかけると、体操座りしたコックリさんがゆっくりと顔をこちらに向けた。さっきまでの威勢は何処へやら、その目も心なしか赤かった。


「探してたのよ! 心配したんだから」

「そうだよ。急に現れて、急にいなくなるなんて。幽霊じゃないんだから」

「ふん。人間にしたら同じようなもんじゃろ」


 コックリさんは風船みたいに頬を膨らまし、またそっぽを向いてしまった。ぼくといるかちゃんは顔を見合わせた。コックリさんはぼくらに背を向けたまま肩を震わせた。


「お前たち、一体何しに来たんじゃ」

「何しにって……」

 こっちのセリフだ、という言葉をグッと飲み込んで、ぼくは笑顔を作った。


「迎えに来たんだよ。勝負の途中だっただろ。どこに行ったのかなって」

「そうよ。こんなところにいると風邪ひくわよ。一緒に帰りましょう」

「…………」


 ぽた、ぽた、と床に水滴が落ちた。雨漏りではない。コックリさんが、泣いているのだった。


「ニコリちゃん……」

「ワシは……うぅ」

「ニコリちゃん……泣かないで」

「ワシはもう……用済みなんじゃ……! ワシの居場所はもう何処にもないんじゃあ!」

「まぁ……そんな」

「もう誰もコックリさんに相談してくれない……みんな、ワシよりもchatGPTの言う事を聞く。そっちの方が良いって、そう思ってるんじゃ!」

「そんなことないって……考えすぎだよ」

「みんながワシを忘れていく……」


 コックリさんはだけど、本気で震えていた。


「誰も存在すら覚えていない……忘れ去られた怪異の末路は、死よりも恐ろしい。骨も残らぬ。消滅じゃ。誰の記憶からも消え去ってしまうのじゃ」

「そんな……」


 ぼくはこの小さな狐少女が何だか可哀想になってしまった。コックリさんみたいな存在は、忘れられる事が何より堪えるのかもしれない。そう考えると、これだけ多種多様な刺激が溢れたこの世の中、ある意味人間より生存競争は激しいんじゃないだろうか。


「ワシはもう終わりじゃ……もう誰もコックリさんに見向きもしてくれないのじゃ……」

「そんなことないわ。コックリさん、密かに人気があるの。本当よ」


 社の中に幼子の泣きじゃくる声が響き渡る。いるかちゃんが優しくコックリさんの背中をさすった。


「誰にも言えないようなことも……ネットじゃ相談し辛いことだとか、だけどコックリさんになら打ち明けられるって人も多いと思うわ。コックリさんはちゃんと秘密を守ってくれるもの」

「ぐす……でも」

「なぁに?」

「でもchatGPTの方が……アイツの方が優秀な答えを出せるし……」

「まぁ。だけどニコリちゃん。私はあなたの出した答えが聞きたいのよ」


 ポロポロと涙を溢すコックリさんを抱き抱え、いるかちゃんがほほ笑んだ。


「あなたの声が聞きたいの。優秀じゃなくても、正しくなくても、美しくなくてもいい。どんなにゆっくりでも、あなたが一所懸命考えて出した答えなら、それだけで私、とっても尊いものだって思っちゃうわ」

「うぅ……いるか殿……」


 いるかちゃんの腕の中で、狐少女が小さな体を震わせた。尻尾がブワッと広がって、ふわふわの毛が花みたいに開く。


「何という温かい言葉……いるか殿は優しい子じゃのう……」

「ふふ……ありがとう」

「今のセリフは、実はぼくが全部事前に考えておいたんだ」

「……ウソつけ。お前はずっとそこに突っ立っておっただけじゃろう」


 コックリさんが涙を拭いてぼくを睨みつけた。どうやらいつもの調子が戻ってきたようだ。やがて疲れ果てたのか、コックリさんはいるかちゃんの腕の中で眠りこけてしまった。それからぼくらは学校に戻ることにした。神社を出ると、外は本格的に土砂降りになっていた。


「……忘れてた!」


 いるかちゃんがはっとして目を見開いた。


「鮎川くんたち! 大丈夫かしら!?」


 ぼくは山の頂上を見上げた。その瞬間空が白く瞬き、稲光が走る。上空では、炭をこぼしたような真っ黒な雲が渦巻いていた。

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