第5話 コックリさん vs chatGPT⑤
「生きる意味……?」
「……はい。出来ました」
「えぇっ!? もう!?」
ものの数秒とたたないうちに、鮎川くんが手を挙げた。疾い。すでにchatGPTは答えを出している。コックリさんはまだ、動き出してもいなかった。
「見せて! 見せて!」
死なないはずのAIが考える生きる意味とは何なのか、ぼくも含めてみんなが身を乗り出した。
《A.chatGPTの解答》
【「生きる意味」という問いには、一つの正解があるわけではなく、個人によって異なる解釈がされることが一般的です。人々は異なる信念、経験、価値観を持っており、それぞれが独自の生きる意味を見出すことがあります。
一般的な観点から言えば、生きる意味は人生の目的や意義を見つけることに関連しています。以下にいくつかの一般的な考え方を挙げてみますが、これらはあくまで一例であり、他にも多くの考え方が存在します。
自己実現と幸福: 自己実現を達成し、充実した人生を送り幸福を追求することが生きる意味とされることがあります。自分の能力や才能を最大限に発揮し、人生を楽しむことが重要とされる場合もあります。
社会的な貢献: 他人に対して役立ち、社会に貢献することが生きる意味とされることもあります。自分の存在が他者の幸福や利益に寄与し、社会全体にプラスの影響を与えることを重要視する考え方です。
宗教や信仰: 宗教や信仰を持つ人々にとっては、神や宇宙の意図に従って生きることが生きる意味を見出すことがあります。信仰に基づいた倫理や道徳に従い、霊的な成長を追求することが重要とされる場合もあります。
成長と経験: 人生は成長と経験の積み重ねであり、自らの成長や経験を重視することが生きる意味を見出す考え方もあります。困難や挑戦に立ち向かい、成長し続けることが重要視されることがあります。
重要なのは、自分自身が何を大切にし、何に意味を見出すのかを自覚し、それに向かって生きることです。また、生きる意味は時とともに変化することもあります。自己探求や自己理解を深めることで、より意味のある人生を築いていくことができるかもしれません。】
「な……長ぇ!」
「この長文を一瞬で!?」
審査員たちにどよめきが走る。余りの早技に、ぼくは驚きを通り越して呆れてしまった。
「これじゃ小説家なんて要らないな……文章を書く仕事はもうAIで良い気がする」
「だけどAIの書く文章には『温かみ』がないから……ってお父さんが言ってた」
「はぁ? 文章の温度って何だよ? ただ印刷されただけの文字列に、熱が籠るわけないだろ?」
「……何だか小難しいけど、すごく真っ当なことが書いてある気がするわ」
「もう『正解』だよこれ」
不味い。ぼくは焦った。コックリさんの解答を待たずして、すでに審査員たちはchatGPTに心を奪われている。対するコックリさんは、神社のマークのところにある十円玉がようやくブルブル震え出したところだった。
「まだー?」
「もうちょっとだから……!」
「一文字表示するのに一体何分かかるんだよ」
十円玉がゆっくりゆっくりと画面の上を這い、最初の文字・『し』の上で止まる。少なくともスピード勝負では生成AIに勝てそうもなかった。
「ウサギとカメだなこりゃ」
「えーっと……最初の文字は『し』、っと」
「今時自分でメモしなきゃいけないのかよ」
「昔の人ってこんなもの信じてたの? プププ」
ノートにコックリさんの解答をメモしていると、横から健太たちがせせら笑った。ぼくは閉口した。この調子じゃ、一体いつ終わるのかさえ分からない。再びノロノロと十円玉は動き出し、やがて『ら』の上で止まった。全員の注目がコックリさんに集まる。
「『し』……『ら』……『ん』」
「しらん……?」
「知らん、って言ってますねコックリさん。生きる意味など知らんと」
「そんな……」
それじゃ答えになってないじゃないか。
審査員たちは一瞬顔を見合わせた後、げらげら笑い始めた。ぼくは何故か顔が赤くなるのを感じた。どうしてだろう? 別にコックリさんに何の義理があるわけでもないのに……第一問は満場一致でchatGPTの勝ちだった。
「続いて、第二問!」
「次は誰が出す?」
一問目は健太、そして二問目は秀平が出題することになった。ぼくは内心ほぞを噛んだ。あの秀平のことだから、どうせ意地の悪い問題を出すに決まってる。大体一問目にしろ、明確な答えがある問いというよりも何だか哲学的な質問だった。答えにくい質問をして、こいつらはきっとコックリさんを潰そうとしているのだ。
《Q.どうして人を殺してはいけないのですか?》
「出来ました」
「さすが! はやい!」
《A.chatGPTの解答》
【「人を殺してはいけない」という考え方は、社会的・倫理的な観点から広く受け入れられている道徳的な原則の一つです。この原則にはいくつかの理由があります。
人間の尊厳と権利: 人を殺すことは、その人の尊厳と人権を侵害する行為です。人間は他の生物とは異なる尊厳を持ち、自己意識や感情を持つ存在です。そのため、他の人間の生命を尊重し、保護することが重要とされています。
社会の秩序と安定: 暴力や殺人が許容される社会は混乱し、秩序と安定が損なわれます。人々は平和的に共存するために法と秩序を守る必要があり、殺人は法に違反する重大な犯罪とされています。
共感と倫理: 「他人に対してしたくないことは、他人に対してもするな」という共感や倫理観が人間社会で重要視されます。他人を殺す行為は、共感や倫理観に反するとされます。
社会的・人間的な発展: 暴力や殺人は社会的・人間的な発展を妨げる要因となります。平和的な共存と協力によって、個人や社会が成長し、より良い未来を築くことが可能とされています。
これらの理由から、ほとんどの社会や文化において、「人を殺してはいけない」という道徳的な規範が重要視されています。しかし、社会や文化によって慣習や法律が異なるため、殺人の定義や背景については文化的な側面も考慮する必要があります。】
「なるほど……これが『答え』だったのね」
「ウチの親父に聞いてもよ、『うるさい! ダメなもんはダメなんだ!』で終わりだもんな」
「それじゃ何にも『答え』になってないもんな。大人っていうのは卑怯な生き物だよ」
「それで、コックリさんは?」
コックリさんはようやく最初の文字・『う』の場所に止まっていた。ぼくは嫌な予感がした。案の定、次は『る』の文字に移動する。コックリさんがイライラしている。
「『う』……『る』……『さ』……『い』……『こ』……『ろ』……」
「ねえ、次の質問に行こうよ!」
何だか不穏な空気を感じ取って、ぼくはサッと画面を伏せた。このままではどうして人を殺してはいけないのか、実践の中で身を持って知ることになってしまうかもしれない。第二問もchatGPTの完全勝利で、早くもコックリさんは後がなくなってしまった。
「じゃあ三問目、行くわね」
いるかちゃんが出題する番だ。ぼくはゴクリと唾を飲み込んだ。
《Q.1000文字で小説を書いてください》
「出来ました」
わずか数秒で!
鍵打は澱みなく!
バ、バカな……ありえねーだろ!
生成AIはあっという間にショートショートを書き上げてしまった。何という流れ弾、まさかこんなところで
《A.chatGPTの解答》
【山奥の小さな村に住む少年、悠介は常に自然と調和して暮らしていた。森や川、星空が彼の友達であり、日々の営みは豊かな自然に囲まれていた。
ある日、悠介は森の奥深くにひときわ美しい花を見つけた。その花は淡い青色をしており、優雅な香りが漂っていた。彼はその花を手に取り、村の人々に見せようと思った。
村に戻ると、悠介は花を大事に持ち歩くようになった。だが、それからしばらくして彼の村に不穏な噂が広がり始めた。近隣の村々では作物が枯れ、泉が干上がるという奇妙な現象が続いていたのだ。
村人たちは異変の原因を探し、神様への祈りを捧げたが、何も解決しなかった。そんな中、村の長老が悠介の手に持つ花を見つけ、不吉な予感を抱いた。
長老は悠介に話しかける。「その花は……呪われた花だ。この村に災いをもたらすものだと伝えられている。」
悠介は戸惑いながらも、長老の言葉を信じようとしなかった。彼はただ美しい花を大切にしただけだと思っていたからだ。
しかし、異変はますます深刻になり、村人たちは次第に悠介を疎ましく思うようになった。孤立してしまった彼は、再び花を手に取り森へと向かう決意をした。
森の奥へ進むにつれて、彼は未知の世界に足を踏み入れていることに気付いた。悠介は花の力が村に災いをもたらしているのではないかと考え始めた。
そして、彼は困難を乗り越えて花を生み出した場所にたどり着く。そこには巨大な樹があり、その根元には謎めいた古代の祭壇があった。
祭壇には、花が根付いていることに気付いた悠介は、決意を固める。彼は花を抜こうと手を伸ばしたが、その瞬間、花が彼を優しく包み込んだ。
すると、花の中から神秘的な声が聞こえた。「私は自然の守護神。この花は、自然と調和する者にのみ力を貸すもの。お前は心が純粋だ。」
悠介は驚きながらも、村と自然の調和を取り戻す方法を尋ねた。守護神は悠介に「花の力を使い、村に恵みをもたらすように」と教え、村人たちの心を再び一つにする方法を示した。
彼は花の力を使い、村に水をもたらし、土地に豊かな恵みをもたらした。不和だった村人たちも、悠介の努力と誠意に触れて和解し、再び笑顔を取り戻したのだ。
悠介は自然と共に生きる大切さを学び、村人たちと一緒に新しい未来を築いていった。彼の心の中には、大切な秘密を守る花の力が息づいていた。】
「す、すごい……これをAIが!?」
「やっぱり小説家なんて要らなかったんだ!」
「チェスも将棋も……戦闘機だって最早人間はAIに遠く及ばない。いつかAIが芥川賞や直木賞を総ナメする日も近いだろうね」
審査員たちが口々にAIを褒め称える。コックリさんはというと……ぼくが顔を戻すと、いつの間にか手元からタブレットが無くなっていた。
「あっ! 逃げた!」
「探せ!」
健太と秀平が勢い良く空き教室を飛び出していく。ぼくは落胆した。やっぱり最初から無理だったんだ……これじゃ勝負になってない。スピード、正確性、答えの分かりやすさ……全てにおいて生成AIは期待以上だ。コックリさんに付け入る隙はなかった。
「だけど……」
chatGPTの出した『答え』を眺めながら、いるかちゃんがポツリと呟いた。
「だけどAIが出した『答え』って、どれも客観的で理屈っぽくて、何だか他人事みたいね」
ともかくぼくらは、いなくなってしまったコックリさんを探すことにした。
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