#32 太陽を纏った朝顔の花 その⑦

男性の霊体が紫月と黄泉の側から離れていく中、辺りの霧は薄まり鮮やかな町並みを取り戻し始めていた。


紫月を抱き抱えたまま男性の霊体に向かい『ちょっと待ちなさいよ!』と大きな声を放つ黄泉。


男性の霊体は、黄泉の方へと振り返り息を切らしながら『何なんだよ! 何で俺が痛みを感じるんだ? 俺は死んでいるんだぜ!』問い掛けた。


その問いに対し、黄泉はポシェットの中から白と黒に彩られた球体を取り出し再び口を開いた。


百合 黄泉

『これよ。この球体は生命を守る環境を作り出すと同時に、あなた達みたいに身体を無くして魂だけになった存在に攻撃を与える環境も作り出す事が出来るの。』


男性の霊体

『じゃあ俺が、その女の身体から抜け出さずに居たら今頃、俺はどうなっていたんだ?』


百合 黄泉

『魂が消滅するとか?』


男性の霊体

『「とか?」って何なんだよ!

そんな何が起こっているのかすら分からない物を、俺に使ったのかよ! 巫山戯るな!』


百合 黄泉

『何よ偉そうに! 知る訳無いでしょ!

この球体の名前すら教えてもらっていないんだから!

そんなに気になるなら本社にでも連絡しなさいよ!』


離れている距離から黄泉と男性の霊体が睨み合いながら口論になっている中、紫月が口を開いた。


朝顔 紫月

『何で私に着いて来たの?』


百合 黄泉

『確かにそうね。

最初から紫月ちゃんの身体を奪うつもりで後を付けていたにしては、何で今なの?

身体を奪う隙なら沢山あったと思うんだけど・・・。』


そう問い掛けると、男性は悲しそうな表情を浮かべながら話し始めた。

 

男性の霊体

『俺は、その女が母親の元へと送って行った女の子の近くに、ずっと居たんだ。

俺も、あの女の子と女の子の母親と同じ事故に巻き込まれた身だからな。』


朝顔 紫月

『じゃあ、あの事故で亡くなった4人の内の1人って・・・。』


男性の霊体

『あゝ、俺だよ。馬鹿馬鹿しいだろ。

あのトラックの運転手が飲酒運転だなんてしていなければ俺が死ぬ事も無かったし、あの女の子も、その母親も今頃は元気に暮らせていたんだぜ。』


百合 黄泉

『でももう、その事故を起こした運転手も、この世には居ないわ。

あなたの恨んでいる相手は、もうどこにも居ない。』


男性の霊体

『そんな事、俺だって分かってるよ。

でもあの女の子と、その母親が幸せそうな表情で空に昇って行くのを見ていると可哀想でよ。』


『俺も最初は、その女と居れば「俺もあの女の子みたいに空へ昇って安らかな眠りにつけるのかな?」って思っていたんだ。

・・・いや、「そうなれたら良いな」。

そう思っていたのかもしれねぇ。』


『でも色々と考えている内に「あの運転手にも、きっと大切な人が居たはずだ!」「その大切な人がいなくなれば・・・。」って思ったんだ。』


百合 黄泉

『それで、紫月ちゃんの身体を奪ったって訳ね。』


男性の霊体

『あゝ。』


朝顔 紫月

『でもそれじゃあ、あなたも・・・。』


男性の霊体

『分かってるよ!

俺もあいつと同じ人間になる!

そんな事は分かっていても、どうしても許せねぇんだ!

あいつが空の上に居るのか、そこら辺を彷徨っているのかは分からない!

でもきっと、どこかから大切な人を見守っているはずなんだ!

だから次は俺が、あいつの大切な人を!』


男から出ているオーラは先程よりも黒く染まり漆黒のオーラが男を包み始めていた。


百合 黄泉

『どいつもこいつも、どうしようも無い馬鹿揃いね。』


そう言うと黄泉は、手にしていた白と黒に彩られた球体を地面に叩き付けて崩した。

辺りに霧が広がって行く中、公園の出入り口に人影が現れた。

そんな中、目を細めて人影を眺める紫月。


朝顔 紫月

『リンドウちゃん・・・?!』


公園の出入り口に立っていたのは、紛れも無く白華であった。


朝顔 紫月

『何でリンドウちゃんが居るの?』


百合 黄泉

『スマホの地図アプリから位置情報を送っておいたのよ。

にしても想像していた以上に早かったわね。』


男性の霊体は、霧の存在に気がつくと公園の出入り口の方へと走り始めた。

そんな男性を真正面から待ち構える白華。


林藤 白華

『このオーラを見た感じだと、もう手遅れみたいだね。』


白華は悲しげな表情で囁くと、左手に隠し持っていた白と黒に彩られた球体を握り潰した後、右手の人差し指を鞘に押し当て刀のロックを解除した。


男性の霊体

『うわ! 何なんだよ!どうなってんだよ!』


男性の霊体は一瞬、周囲が霧に包まれた事に戸惑いを見せたものの、周辺が霧に包まれた事で死を覚悟したのか、それとも最後の悪足掻きだったのか、恐ろしい形相で白華に向かい飛びかかって行ったのであった。


林藤 白華

『可哀想だけど・・・御免ね。』


そう言い残すと白華は刀を抜き、男性の霊体の身体を切り裂いたのであった。

男性の魂は黒い砂状のモノへと変わり地面へと溢れ落ちて行き、やがてその砂状のモノも姿を消し去って行った。


白華は男性の身体に刃が触れたと同時に、男性の霊体は白華に攻撃をしたかった訳では無く、早くに空に放たれて楽になる事を望んでいた様に感じたのであった。

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