#31 太陽を纏った朝顔の花 その⑥

紫月が背後の気配に気付き男性の方へと振り返ると、ゆっくりと男性は紫月の方へと歩き始めた。


男性の身体は透けて向こう側が見えており、この世に存在する者で無い事は明確だった。


男性を眺め顔を引き攣らせる紫月と、2人の姿を茂みから眺める黄泉。


朝顔 紫月

『あなたは?』


男性

『ずっと、さっきから見ていたんです。』


朝顔 紫月

『さっきから?』


男性

『小さな女の子を、お母さんの所まで送ってあげていましたよね。』


朝顔 紫月

『うん。』


どうやら男性は、紫月が小さな少女の霊体を母親の霊体の元へ連れて行っている辺りから、紫月に着いて来ていた様だ。


朝顔 紫月

『あなたも、誰かを探しているの?』


男性

『はい。どうしても逢いたい人が居るんです。』


そう話すと男性は物凄く哀しそうな表情とは裏腹に、紫月の顔を眺めながら先程よりも少し大きく声を張り上げながら話しを続けた。


男性

『だから僕も、あなたと居ると先程の少女の様に、その人の所へ連れて行ってもらえるかもしれないと期待して、あなたに着いて来てしまいました。』


そんな男性の言葉を耳にした紫月は、

男に纏わり付く怪しげなオーラから感じる"恐怖心"と、

『逢いたい人に逢えない』という男性の言葉を聞いた事による"同情心"から、

『女の子の時みたいに、この人にも何かしてあげられるのかな?』という2つの想いで心が揺れていた。


男性

『どうにか力になってもらう事は出来ませんでしょうか?

どうしても逢いたいんです。』


そう話す男の目からは、大粒の涙がこぼれ落ちていた。


紫月は茂みの方に振り返り茂みに目をやると、唾をこくりと飲み込み、再び男性の方へと振り返った。


朝顔 紫月

『分かった。連れて行ってあげる。』


紫月が男性に微笑み返事を返すと、男性は涙を拭いながら『有難う御座います』と言い紫月に近寄って来た。

 

だが紫月に男性が近付くに連れて、紫月は自らの判断が間違いであった事に気が付いていくのであった。

何故なら、紫月に男性が近付くにつれて、身体のコントロールが徐々に出来なくなってなっていたからである。


朝顔 紫月

『(駄目だ! 身体が乗っ取られる!)』


そう思った時には既に遅く、紫月の身体は男性に乗っ取られていたのであった。


朝顔 紫月(男性)

『やったぜ!

こんなに簡単に手に入るとは思わなかった!

これで、あいつに復讐する事が出来る!』


紫月の身体に憑依した男性は、不敵な笑みを浮かべながら、紫月の刀を手に取り声高らかに笑っていた。

 

だがその直後、男性は周囲の違和感に気が付いた。

何故なら、奪い取った紫月の身体には"黒い霧"が纏わり付いていたからである。


朝顔 紫月(男性)

『何だ? 何なんだ? この霧は?』


百合 黄泉

『着いて来て良かったわ。』


驚いた男性が声の方へ顔をやると、茂みの中から黄泉が紫月の方へと近寄って来ていた。


朝顔 紫月(男性)

『何なんだ? あんたは?』


黄泉は、男性からの問い掛けに答える事も無く、黙々と鞄の中に手をやり何かを探している様子だった。


朝顔 紫月(男性)

『てめぇ! 聞こえているのか?』

 

百合 黄泉

『はっ? 何? 何か言った?』


朝顔 紫月(男性)

『てめぇは、何者なんだよ!』


百合 黄泉

『はっ? 何で私があんたに名乗らないといけないのよ?』


男性は黄泉の返答に腹を立ててはいたものの、明らかに黄泉から異常な怒りのオーラを感じた為、右手で刀の柄に手をやり刀を抜く構えに入った。


朝顔 紫月(男性)

『(ヤバいぞ!身体を手に入れる所までは順調だったのに!』

『何なんだよ!目の前に居る殺意に満ちた目をした女は!』


だが男性がいくら刀を鞘から引こうにも、一向に刀は鞘の中から引けないのであった。


朝顔 紫月(男性)

『っ! 何で引けないんだよ!』


黄泉は白と黒に彩られた球体を右手に握りしめながら、焦る男に近寄りながら、ゆっくり話し始めた。


百合 黄泉

『その刀には、鞘の柄側にロックを解除するセンサーが内蔵されているわ。

そのセンサーに3秒間、登録した時と同じ指を登録した時と同じ方向で翳す事によって、6分間のみ刀を使用する事が出来るの。』


その言葉を聞いた男性は、物凄く焦った表情で、乗っ取った紫月の左手の指を色々な角度でセンサーに押し付け始めた。

そんな中、黄泉は相変わらず、話しを続けながら近寄って来ている。


百合 黄泉

『刀の刃先には特殊な塗料が塗られていて、6分以内に刀を鞘の中へ戻さないと、刃先の塗料が硬化して切る事が出来なくなるわ。』


『だから6分以内に刀を鞘の中へ入れて、鞘の中に内蔵されているセンサーを刀の刃先に当てないといけないの。

・・・確か、そんな感じだったわよね?』


その黄泉の言葉は、男に対してヒントを与えているのか、ただ自問自答をしていたのか、男には分からなかったものの、黄泉が近寄るに連れて「この場所から離れないといけない」という考えに辿り着くのは容易であった。


何故なら黄泉は話しが終わると、右手に握りしめた白と黒に彩られた球体を握り潰した後、紫月に飛びかかり紫月の身体を地面に押し倒すと紫月の首を強い力で締め始めたからだ。


朝顔 紫月(男性)

『グッ・・・!テメェ・・・!何をする気だ?』


百合 黄泉

『早くその身体(紫月)から出て行きなさいよ。』


男性は黄泉の狂気に満ちた行動に対して、無表情で抑揚の無い口調で男性に話し掛けてくる黄泉に恐怖心を覚え、倒された拍子に地面に落としてしまった刀を目をギョロつかせて探していた。

その行動に気が付いた黄泉は、首を締めている手の力を強め始めたのであった。


朝顔 紫月(男性)

『グガッ・・・。

テメェ・・・この女の仲間じゃ無いのか?』


百合 黄泉

『この霧の中で、生命の宿ったものが損傷したり死滅する事は無いわ。

だからこの子が痛みを追う事はあっても、この子が命を落とす事は無いの。

この霧は、あなたの様な悪霊と化したモノを消滅させる為のモノだから。』


朝顔 紫月(男性)

『(悔しいが、一旦、この女からは逃げた方が良さそうだ!)』


男性が紫月の身体から抜けると同時に、紫月は倒れ込んだまま苦しそうな表情で咽せ込んでいた。


黄泉は即座に紫月の首から手を離し、正気を取り戻し咽せ込んでいる紫月の身体を、哀しそうな顔で『ごめんね』と言いながら優しく抱きしめていたのであった。

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