#6 吹き返す呼吸 その⑥

正面玄関へ向かって歩いている途中、

向かい側から美優達の姿が見えて来た。


月花 美優

『やはり外には出ていなかったようだな。』


美優は、朱珠達の顔を睨み付けながら、

右手に握りしめた

破損した球体を差し出して来た。


月花 美優

『これは何なんだ?

私の腕に画鋲の刺さった痕が無いのは、

これが関係しているのか?』


コクリと唾を飲み込む朱珠と、

平然と佇む茜。


黒田 黎空

『こんな良い物持ってる

お友達が居るんだったら、

もっと早くに紹介してくれたら良かったのに。

そしたらそれを使って・・・。』


月花 美優

『黎空は黙ってて。』


美優の言葉に舌打ちをする黎空。


美優は、破損した球体を投げ捨てると、

いつもの落ち着いた表情に戻り話しを続けた。


月花 美優

『何故、外に逃げなかった?』


神原 朱珠

『私、もう耐えられへんねん。

せやから・・・。』


月花 美優

『ここで蹴りをつける・・・と?』


朱珠は美優の顔を

真っ直ぐな目で見つめながら深く頷いた。


黒田 黎空

『へぇ〜、面白そうじゃん。

でも3対2で勝てると思ってんの?』


桃井 凛心

『負け確定で超受ける。』


含み笑いを浮かべる黎空と大笑いする凛心。

美優は、そんな2人を冷たい目で見つめた後、

朱珠の方へ再び顔を向けると、

『1対1でやろうよ。』と言葉を発した。


驚いた表情で美優の方を向く、黎空と凛心。

朱珠も想定外の美優の言葉に戸惑いを覚えていた。


神原 朱珠

『(何でなん?

油断させて、他の2人に不意打ち

させるとか考えてへんやろな!)』


黒田 黎空

『美優、あんた喧嘩とかした事とかあんの?

ここは喧嘩慣れしてる

私達に任せときなって。』

 

桃井 凛心

『そうだよ。 美優が勝つって信じてるよ!

でもこいつらセコいからさ、

さっきみたいに

変な物を使ってくるかもしれない!

危険だって!』


月花 美優

『なら丁度良いんじゃないか?

向こうも殴り合いの

喧嘩は初めてだろうからさ。

それに、さっきと同じ手を使うのであれば、

誰も外傷を追う事は無い訳だろ?

何の証拠も残らないのなら、

派手にやった所で咎められる事も無い。

寧ろそっちの方が都合が良いよ。』


美優が朱珠の方に向かって歩き出した。

朱珠も前に足を踏み出すと、

背後から

茜が朱珠に聞こえるくらいの小さな声で

『大丈夫よ。 あなたは絶対に負けない。』

と呟いた。


朱珠は茜の言葉に安堵し、

強く拳を握りしめた。


朱珠の目の前に立つ美優は、

朱珠の目をじっと睨み付けている。

朱珠は目を逸らしそうになりながらも、

『目を逸らしてはいけない』と思い、

美優の顔を

いつもより少し強めな表情で睨み返した。


月花 美優

『へぇ〜。 そんな顔も出来るんだな。

一発でも私の顔に拳を撃ち込めたら、

今後あんたに付き纏う事は止めてやるよ。』


美優は、そう話すと

勢い良く朱珠の腰を蹴り付けた。

その光景を眺めて不敵な笑みを浮かべる

黎空と凛心。

 

咄嗟の出来事に朱珠は体を庇い切れず、

腰を押さえたまま廊下にしゃがみ込んでいる。


神原 朱珠

『・・・ッ!』


朱珠が美優の顔を眺めると、

周囲に霧が広がっている事に気が付いた。


美優に腰を蹴られた時に、

茜から貰っていた球体が

ブレザーのポケットの中で

破れていたのである。


美優は廊下に広がる霧の存在を確認すると、

不適な笑みを浮かべ、

朱珠に再び殴りかかって行った。


------------


そんな2人を眺め、

怒りを覚える黎空と青ざめた表情の凛心。


黎空は、顔色一つ変えずに

喧嘩を眺めている茜の襟元を掴み

壁に強く叩き付けた。


黒田 黎空

『あんた! あの子にも、

あの不気味な球体を渡していたのね!

他にも何か渡しているなら白状しなさい!

こっちが不利になる様な物を、

渡しているんじゃないでしょうね!』


綾女 茜

『渡したのは、球体1つのみよ。

ただ・・・。』


茜は、自身の鞄の中から

溢れ出している霧を見下ろしていた。

その霧に気付き、目を見開く黎空。


綾女 茜

『どうやら今、

壁に体を打ち付けられた時に、

鞄の中に入っていた球体同士がぶつかり合って

"全て破れてしまった"みたいね。』


黒田 黎空

『(さっきの美優の反応を見ていると、

体に外傷が残らないだけで

「痛み」は感じるんでしょ?

喧嘩慣れしていないとはいえ、

美優にあれだけ殴る蹴るの暴行を受けて

ぐったりしている訳だから、

まさか、あの子が急に反撃に

出る事なんてあり得ないはずよね。)』


黎空は、茜の襟から手を離すと、

再び朱珠と美優の方へと振り向いた。


------------


どのくらい経ったのだろうか?

美優は朱珠に拳を振り上げながら

息を切らしている。


朱珠は体に外傷を負わないとはいえ、

体を起こし座り込む事で精一杯の様だ。

表情は既に青ざめ虚な目をしていた。


月花 美優

『どうした?

私に一発も打ち込まずに終わる気なのか?』


息を切らし言葉を返す事が出来ない朱珠。

美優は溜息をついた後、

『どうやら、私の勝ちみたいだな。』

と放つと、黎空と凛心の方へ歩いて行った。


神原 朱珠

『まだや・・・。

まだ終わってへん・・・。』


美優が再び朱珠の方へ振り返ると、

そこには痛みを堪えながら、

弱々しくも

何とか立とうとしている朱珠の姿があった。


黒田 黎空

『何カッコつけてんの? キモ。』

 

そう言いながら、

朱珠を眺めて笑う黎空と凛心。

そんな中、茜と美優は朱珠の姿を

ただじっと見つめていたのであった。

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