#5 吹き返す呼吸:幽霊との出逢い

茜は3分程歩き、図書室の前で立ち止まった。


神原 朱珠

『嘘やろ! ここに入るんやないよな?

ここって確か幽霊が出るって噂の図書室やろ!』


綾女 茜

『私達の仕事はね。

浮遊霊や地縛霊を体に憑依させて、

その霊体の目的を叶えて成仏してもらう事なの。』


神原 朱珠

『嘘やろ!霊体! 憑依!

私、茜ちゃんには恩があんねんで!

せやけど流石に、その仕事は怖過ぎて無理や!

私には、どうにも出来へん!』


綾女 茜

『大丈夫よ。

この中に居る幽霊は、

今から8年前に事故で命を落とした

女性の警察官だから悪さをする事は無いわ。

彼女は関西弁だから、

きっとあなたとは仲良くなれるはずよ。』


神原 朱珠

『仲良く? 嘘やろ!

幽霊と仲良くなんてなりとう無いねん!』


目に涙を浮かべる朱珠を無理矢理、

図書室の中に連れて入る茜。


茜と朱珠の目の前には、

肩よりも少し長い髪の

活発そうな女性の姿が薄らと浮かんでいた。


綾女 茜

『お待たせ。

あなたの波長と合いそうな子を連れて来たわ。』


女性警察官の幽霊

『おおきに! 助かるわぁ〜♪

にしても、ホンマにその子、大丈夫なん?』


茜が隣を見ると、朱珠は目を見開き

大粒の涙を流しながら過呼吸に陥っていた。


綾女 茜

『怖い?』


朱珠は茜の問いに頷き、

『茜ちゃん・・・私・・・私・・・』

と言いながら崩れ落ちた。


茜は朱珠の隣にしゃがむと、

震える朱珠の背中を摩りながら静かに口を開いた。


綾女 茜

『この世界には「自分の死」を

理解出来ずに彷徨っている魂が沢山居るの。


夢や仕事、大好きな場所に執着して

現世に残り続ける人も居れば、

未練を残したまま命を落としても尚、

この世界に居続ける人。

 

その中でも特に多いのが、

「逢いたい人」や「大切な人」と

別れるのが出来ずに霊界へ行けない人よ。』


茜が朱珠の方を見ると、朱珠は混乱しながらも

茜の話しを聞いている様子だった。


綾女 茜

『目の前に居る幽霊は、

不幸ながらも、まだ幸せな方かもしれないわ。』


神原 朱珠

『幸せ・・・?』


綾女 茜

『そうね。 御免なさい。

「幸せ」って言葉は少し違ったかもしれないわね。


ただ、死後もその「大切な人」と居たいが為に、

その人に寄り寄り添いながら過ごして、

その大切な人も霊界に旅立った後、

自分はその大切な人の居る霊界への

行き方が分からずに未だに彷徨い続けている魂や、

 

死後も誰かを憾み続けたが故に、

その人が霊界に旅立った後、

この世界に取り残されたまま成仏が出来ずに

悪霊と化してしまった人達は多いわ。


一部の例外はあるけど、そんな彷徨う魂を、

「本来向うべき場所へ送り届ける事」

が私達の役目なの。』


朱珠は、声にならない声を絞り出すかの様に、

『私・・・向いてないんちゃうかな・・・。

ただただ・・・怖いねん・・・。』と、

茜に問い掛けた。


綾女 茜

『それが普通よ。

幽霊を見て平然としている人の方が、

きっと幽霊からしても怖いもの。』


朱珠を後ろから抱きしめる茜。


綾女 茜

『落ち着いて。 無理なら無理で良いわ。

無理矢理あなたを誘う気は無いから。

でも一度で良いから、

目の前に居る幽霊の言葉を聞いてあげるほしいの。』


茜に抱きしめられ少し落ち着きを取り戻した朱珠は、

乱れた呼吸を整えながら

目の前にいる幽霊を眺め始めるのだった。


少しずつ冷静さを取り戻して行く内に、

朱珠の耳にも幽霊の声が聞こえて来た。


女性警察官の霊体

『初めまして。

こんな泣くと思わんかったさかい、ゴメンな!

私、嬉しかってん。

こんなに波長の合う子に逢えるなんて

想像もしてへんかったからなぁ。』


神原 朱珠

『こちらこそ・・・初めまして。

あの・・・お姉さんは、何でこんな所に居るんですか?』


朱珠は、涙で言葉が途絶えながらも、

女性警察官の幽霊と会話をし始めた。

 

女性警察官の霊体

『私な、ここの卒業生やねん。

高校2年生の夏に大阪から、ここへ転向して来てな、

それから卒業するまでの一年間半、

ずっと虐められよったんよ。』


神原 朱珠

『(この人、私と同じ思いをしとったんや!

やから茜ちゃん、私に頼って来てくれたんやな!)』


女性警察官の霊体

『やからな、その時に決めたんよ。

高校を卒業したら、絶対に人を守れる存在になろうって。

せやから、その日から虐めは辛かったけど

毎日必死に勉強して、

この辺りではそこそこ良い大学にも無事に入れてな、

その子達とは完全に縁を切れたと

思ってたんやけどな・・・。』


神原 朱珠

『何が、あったんですか?』


女性警察官の霊体

『その子達な、高校を卒業した後も

素行の悪さが目立っとったみたいでなぁ、

私も私の彼氏も、その子達の運転する

乗用車に轢かれておらんなってしもうたんよ。』


霊体が悲しそうに話し終わると、

朱珠は、コクリと唾を飲み込んだ。

 

綾女 茜

『あなたも一度は、聞いた事があると思うわ。

8年前に大量の犠牲者を出した玉突き事故の事を。』


朱珠は、毎年事故の起きた日に

事故現場へ献花に訪れる人達が

ニュースで放送されている光景を思い出した。


綾女 茜

『その人達は異常な量のアルコールも検出されたし、

考えれない程の物凄いスピードを出していたから、

当然の事ながら車を運転していた、

そのグループのリーダーには、

日本では一番重たい刑罰を与えられる事になったわ。


ただ、加害者達の供述が

二転三転する謎の多い事件でもあったの。』


神原 朱珠

『私、それ聞いた事あるかも。』


綾女 茜

『やっと泣き止んだみたいね。』


朱珠の頭を撫でる茜と、撫でられ頬を赤る朱珠。


綾女 茜

『じゃあ、話しを続けるわね。

加害者の言葉を聞いた人は、

「刑を軽くする為に、嘘をついた」

と見ている人の方が対半数を占めているし、

そう思う事の方が自然な事だと思うわ。

私も当初ニュースを目にした時は、そう思っていたから。


だから、今から話す事はあくまで可能性よ。

信じられなければ、信じてくれなくても良いわ。』


茜は立ち上がり話しを続けた。


綾女 茜

『私達は仕事の都合上、

極稀に警察官とコンタクトを取る事もあってね。


それで私の仲間の一人が、

その事件に関わった警察官とつい最近、

コンタクトを取る事が出来たみたいなの。


刑が確定した後、

収容された刑務所の中でも

その加害者グループのリーダーの行動には、

特に目が余るものがあったみたい。


そんな中、転勤して来た警察官の一人に

霊感のある人が居たみたいで、

その警察官が、加害者を初めて目にした時に、

「物凄いモノが憑いている」と言ったらしいんだけど、

最初は皆、その人の話しを信じてはいなかったみたい。


でも余りにも支離滅裂な言動を繰り返すものだから、

一度、霊能者に来てもらう事になったの。


それで二人に憑依していた悪霊は無事に

成仏させる事が出来たみたいなんだけどね、

その加害者グループのリーダーだった男性は、

その日を待たずに舌を噛み切って命を絶ったそうよ。』


神原 朱珠

『「加害者の男性」って、

この目の前に居る人は、男の人に虐められよったん?』


女性警察官の霊体は、悲しそうな顔で、

『せやな。4人の男の子と、2人の女の子にな。』

と呟いた。


綾女 茜

『聞いた話しでは、事故を起こしたのは、

その内の男子生徒3名だったそうよ。

 

後の2人は、その霊能者が背後に憑いていた悪霊を

成仏させてからは真面目に罪と向き合っているらしいわ。


この人を虐めていた後の3人が、

今何をしているのかまでは、分からなかったけど、

事故を起こした3人は、

中学生の頃から特に素行が悪かったみたい。


事故後、供述の中でも度々、

武勇伝の様に語っては遺族を泣かせていたそうだから。』


女性警察官の霊体

『せやからな。

私は、その悪霊と化した魂が新たに事件を起こす前に、

その魂の居場所を突き止めて、

その魂を霊界へ送り届けたいんよ。』


朱珠は茜と女性警察官の霊体の話しを聞き終わると、

立ち上がり少し大きめの声で話し始めた。

 

神原 朱珠

『茜ちゃん!

私、覚悟決めたわ!

私、茜ちゃんとこの人に協力する!』


微かに微笑む茜。


綾女 茜

『有難う。ホンマに助かるわ。』


神原 朱珠

『ただ、少しだけ待って。

今の私には、

その人の力になってあげられそうにないねんな。

やから一日だけ、後一日だけ待って!

明日には、必ず迎えに来るから!』


朱珠の顔を見つめる茜。


綾女 茜

『それは、本日中にあの子達との関係に

終止符を打つという事で良いのかしら?』


茜の顔を眺め、強く頷く朱珠。

 

綾女 茜

『そう。なら話しは早い方が良いわね。』


茜は床に置いてあったスクールバッグを手に持つと、

立ち上がり今まで歩いて来た廊下の方へと振り向いた。


神原 朱珠

『茜ちゃん! ちょっと待って!

ジュース飲むとか、チョコレート食べるとか、

少しだけ心の準備させてや!』


呆れた表情で振り返る茜。


綾女 茜

『気持ちが決まった時に動かないと、

心は常に足元に置いていかれてしまうものよ。』


不安そうな朱珠を抱きしめる茜。


綾女 茜

『大丈夫よ。 私が側に居てあげるから。

あなたを危険に晒したりはしないわ。』


安心から肩の力が抜ける朱珠。

 

神原 朱珠

『せやな。 ホンマに心強いわ。

あんがとな。ほな行こか。』


茜の方を眺めてニコッと笑う朱珠。

それに対して安堵の表情を浮かべる茜。


そして二人は、美優達に会う為に、

今まで歩いて来た廊下を再び歩き始めるのであった。

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