窮地

「う、ぅううう」


 背後で声がする。最初に“守護使者”に吹き飛ばされた冒険者が体を起こす。恰幅がよく腹がでている中年の冒険者だ。

「お、おお」

「だめ!!!やめて!!」

 中年の冒険者は、傍らの剣を手に取り、怪物に向かっていった。

「エィミア!!!」

「分かってる!!」

 ヘリオが叫ぶと、エイミアが川の水をすいあげ、その冒険者を保護した。怪物はしっぽをぶん回し、冒険者に思いきり打撃を加え、ふきとばした。

「……!!!」

 怪物は、ギョロリとした蛙のような瞼をした、蛇のような目でこちらをにらんだ。長い、濁った水色の吻が鼻をならして雄たけびをあげた。

「ギョエエエエエエ!!!」

 手足を順序めちゃくちゃにこちらに向かってきた。


「に、逃げろ……」

 エイブスが、力なく声をかける。しかしヘリオには聞こえていなかったし、それがケローネの物でない事も理解できなかった。それほどに彼女の神経は研ぎ澄まされていた。


「だ、ダメだ!!」

 ケローネは叫んだ。そして、エイブスの傍に駆け寄る。

「何がだめなんだ?」

 エイブスが尋ねると、ケローネはいった。

「彼女は……殺せない、決着がつかない……!!!」


 思わぬことに、ヘリオと“守護使者”の戦いは互角だった。ケローネとエイブスにはわからない。だが、エイブスは目で理解することができていた。“守護使者”がヘリオを長い爪や手足で殴りつけるたび、その皮膚をおおう粘液が、“剥がれ”落ちていることを、そして、ヘリオの首の後ろ、かぶっていないフードにかくれるように、小さな“生物”が何か魔力を使っていることを。


『ヘリオ!!!聞きなさい!!』

「何が!!!」

『だから、あの子“ラッシュ”を起こすしかないって』

「やだ!!」

『ちょっと、そんな場合じゃないでしょ“吸収”はあいつにしか使えないスキルなの!!私たちの命もかかっているのよ!!』

「でもあいつ!!私に“怪物”を殺せって!!」

『……』

 確かにそうだ。彼女は、打ち倒してきたケルピーを動けなくする事はしたが、殺す事はしていなかった。繊細な少女だ。生物の命を奪えないのだろう。

『クソ……“ラッシュ”のやつ“獲物の肉をやまわけ”だなんて、そんなこというから、この子……手が震えてるじゃない……』


 ふと“エイミァ”は傍らに吹き飛ばされた冒険者を見て、いい考えをおもいついた。その瞬間、ヘリオは吹き飛ばされたが、エィミアが水をあやつり、クッションをつくった。

「クソッ!!!」

 ヘリオは立ち上がる。自分がまさか、こんなに“ひ弱”だったとは。確かに生物の生き死にに無関心ではあった。だが“わざわざ生物の命を奪い取る”ことなどしたことはない。けれど、ケローネの事を思うと、まるでいい思い出が走馬灯のように駆け巡る。

「ああああっ!!」

 ヘリオは、地面を思い切り叩いて嘆いた。

『まずい!!ヘリオ!!!冒険者が』

 その声を聴いて、冒険者のほうをみた。冒険者は、その腹部……体からすさまじい量の血をふきだしていた。

『ヘリオ!!!よく聞いて……』





 

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