急変。

「急げエエエ!!!何も考えずに走れエエエ!!!」

 柄にもなく、エイブスは叫んだ。


 それもそのはずだ。ヘリオの背後には3匹ほどの、こちらで見たよりも巨大な、大人の馬ほどある背丈の“ケルピー”が追いかけてきていたから。非情にまずいと思った。瞬時に近づく手がない。ふとケローネに目を向ける。口をあけ、冷や汗をかき、目を見開いている。

(仕事とはいえ、年端のいかない少女をこんな目に合わせるなんて、何度やってもなれない)

 そうして、逡巡する。

(“アレ”を使うか、迷っている暇もない)

 エイブスは右腕の前腕をおおう鎧に手をかけようとした。


 その時だった!。瞬間的に、何かを決意したように、ヘリオは後ろを振り返ると、ケルピー三体をすばやい身のかわしで相手の攻撃(水の魔弾、ひっかき、くみつき)をよけながら、細長い剣で、一体ずつ串刺しにしたのだ。


 剣を引き抜いて、わけもなげに、ヘリオはいった。

「はあ、暗くて……死んじゃうかと思った」

 エイブスは口をあんぐりとあけ、ヘリオに近づいていった。

「お前……いったいどうして……まだ“祝福の儀式”を終えたばかりの子供が……あの強敵をそんな……ハッ!!」

 エイブスは驚いた。間違いない。ヘリオの背後に黒い靄が見える。これは“印”だった。

 

 その脇を、エイブスより早く素早いものが駆け抜けていった。ケローネだ。ヘリオを抱きしめると、涙を流した。ヘリオは、驚き、しかし安堵させるようにやさしい笑みを浮かべ、ケローネの頭をなでた。

「大丈夫だよ、ケローネ……」


【――“英霊の邪魔をするものを、殺すべし”】

 エイブスは背中に恐ろしい殺気を感じる、振り返るより先に叫んだ。

「散れ!!!散れええ!!!!」

 しかし、時すでに遅し、冒険者の一人が軽々と吹き飛ばされる。そこには、3メートルはゆうにありそうな巨大なケルピーが立っていた。


「“守護使者”だ!!皆、逃げろ!生存確率を少しでもあげろ!!」

 慌てて訳も分からず、クドウは冒険者の言う通りに叫んだ。

「逃げろ、逃げろ!!いいから!!」

 散り散りになる冒険者。エイブスは、ケローネとヘリオを庇うように、左肩上で剣を構えた。

「刺し違えても、やる――だが」

 エイブスは後ろに目をやると、目端で訴えた。

「お前たちは、逃げろ……ここは俺に任せて……」

 ヘリオはエイブスの背中からぞっとする黒い靄が立ち上っているのを感じた。ヘリオが粘っていると、ケローネがいった。

「ヘリオ!!急ぐぞ、私もほとんどまともな術をもっていない、早く!!」

 ぐいぐいと手を引っ張られるので、仕方なくヘリオは、ケローネについて全力で走ったのだった。




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