1:第6話 怒らせるつもりなんて、決してないのだけれども

 ライカは今、聖剣エクスの片手持ちで扱っている。

 一方、全力の一撃を受け止められたニュウは、すぐさま身をひるがえして斬撃を放ったが。


「っち! マグレですわっ、このっ、おおおおおっ!」


 返す刃、鋭い突き、そのどれもを、ライカは右腕一本でエクスを扱い、平然と受け止める。目にも留まらぬはずの連撃は、けれどライカの目にはスローに見えた。



〝力ある武器〟、取り分け《聖剣》は、そのどれもが〝使い手の身体能力を増幅する〟特性を基本性能として持っている。先程のニュウの跳躍も、異常な膂力の一撃も、それ。


 しかも〝伝説級レジェンド〟の《聖剣》同士ともなれば、極限まで高められた身体能力による打ち合いは、もはや生物としての常識をはるかに超越ちょうえつするほどだ。



 岩石同士をぶつけ合い、鋼鉄を削るような轟音が響く。

 そのたびに観覧席から、そのほとんどが新入生である学園生達の畏怖いふの声が漏れてくる。


「こ、この打ち合い、マジで人間同士が戦ってる音なのかよ……あ、ありえねぇ……」

「……けどあの新入生クン、《憤怒の聖剣グラム》と戦えてるってことは、《聖剣》の使い手なのよね? いきなり《至高の聖剣エクスカリバー》を扱えてるのは、すごいけど……」

「《魔狼剣フェンリル》ちゃん……ちょっと、可哀想ね……」


《聖剣》の使い手という事は、逆に言えば《魔剣》の使い手ではないという事になる。

 リルへの同情が聞こえてくるが、それはもっと大きな疑問の声にかき消された。


「つーかあの新入生、おかしいだろ! 〝伝説級〟の《聖剣》同士だぞ……武器にそこまで差はないはずなのに、なんでアイツ、片手でニュウ様の攻撃をさばけるんだよ!」


 それについては、ライカ自身も少し意外だった。きっとエクスがすごいのだろう、とも思っていたが、それだけが理由ではないのだとすれば。


(そういえば前、農耕用の牛を持ち抱えて運んだ時、周りにドン引かれたコトがあったなぁ。院長先生には、『正体を隠す気あるのかしら?』って怒られたけど)


 人間と《竜》のハーフだからこそ、元から身体能力が高いのかもしれない。ライカ自身には、あまり自覚は無いのだが。


 だが、そうとは知らない学園生達は、この現状に勝手な解釈かいしゃくを付け始めた。


「……いや、そもそもニュウ様が……ニュウさんが大した事ない、って話じゃね?」


「!? な、なんですってぇ……!?」


 あざけりの言葉を耳聡みみざとく拾ったニュウが怒りの表情を浮かべるが、一たび上がった疑惑が止まる事はなく、石を投げ込まれた水面のように波紋はもんが広がっていく。


「まーな……あんだけデカい口叩いといて、片手しか使ってない新入生と互角とか」

「考えてみりゃ、《憤怒の聖剣グラム》だって、元々家に伝わってきたモンなんだろ? グラムの人間の姿も見た事ないし、本当は使いこなせてないんじゃね?」

「ウソだろ、ニュウ様弱いのかよ。ビビって損したぜ。ウソのように手の平を返すぜ俺は」


 口々に悪言あくごんを述べるのは、あくまでも一部の学園生。決して全員が賛同している訳ではないが、ニュウの怒りをあおるのには充分らしく、彼女は戦いそっちのけで声を上げようとした。


「ふ、ふざけるんじゃ――!」


「―――勝手なコトを言わないでくれないか?」


「!? し……新入生さん? 何を……」


 が、戦いそっちのけはライカも同様、落ち着いていながら圧力のある声にニュウも気勢をくじかれたのか、呆気に取られている。

 けれどライカは止まらず、不思議なほどに良く通る声で続けた。


「確かに俺は新入生だし、未熟と言われれば、そうなんだろう。けど、だからってニュウ先輩まで弱いなんて、戦ってもいない人間に、思い違いをされちゃ困る」


「……新入生さん、アナタ……」


「俺が何とか戦えているのは、エクスのおかげだ――《聖剣》の力がなければ、俺なんてとっくにやられているさ。戦っている俺には、わかる――ニュウ先輩は、強いよ」


 ライカが言い切ると、しん、と場内が静まり返る。つい思った事が口をいて出てしまったライカに、語りかけたのは、目の前のニュウだった。


「新入生……いいえ、ライカ=バルドリング。ライカさん、でしたわね?」


「あっ……は、はい。すみません、俺まで何だか、勝手なコト言ってしまって」


「いいえ、そんな事ありませんわ。あなたの敬意、確かに感じましたもの。はたからただ好き放題言っているだけのやからとは、違うわ。うふふっ……だからこそ」


 ライカにとっては、出会ってから初めて見る、ニュウの穏やかな表情。

 そんな彼女が、ゆるやかな落ち着いた動作で、剣を構え直してきた。


「今度こそ全力で、戦いましょう? わたくしだって、まだ本気は見せていませんのよ。さあライカさん、両手で剣をお持ちなさい」


「両手で? え、っと……それは、その」


「ふふっ、遠慮する必要なんて、ありませんわ。わたくしの強さ、認めてくださるんでしょう? ほら、わたくしをバカにしている訳ではないのなら……さあ、早く。さあ」


「……い、いえ、だから、それはですね、えっと……」


「うっせですわ。……あら失礼、オホホ。ほら、御託ごたくはいいから早く。ほら、よ」


 再三、何なら若干キレ気味にうながしてくるニュウ。確かに彼女の言う通り、右手一本で戦い続ける必要はない。エクスを両手で持てば、当然、圧倒的に戦いやすくなるはずだ。


 それなのに、ライカも分かってはいるのに、口から出た答えは。


「……い、いえ! やっぱり俺は、片手持ちで」

「―――ふざっけんじゃねぇですわぁぁぁぁぁっ!!」

「えええええええ!?」


 穏やかな表情から一転、怒りの叫びを上げるニュウに、ライカも思わず戸惑う。


 対するニュウは憤怒ふんぬを隠そうともせず、鋭い目で睨みつけてきた。


「何だかんだと調子の良い事を言いながら、やっぱりわたくしをバカにしてるんじゃないですの! 本気で戦おうとしないのは、そういう事でしょう!?」


「いえあの、本気で戦ってますよ!? ただその、両手持ちはちょっと、ってだけで」


「それが本気じゃないと言ってるんですの! 剣は両手持ちのほうが扱いやすいのは当たり前! だのにっ……ば、バカにして、このおぉぉぉ……!」


 ニュウは誤解しているが、ライカは本当に、本気で戦っていた。手加減する余裕もない。ただ、ライカが直観的ちょっかんてきに感じているのは。


使〟――これはほとんど、本能的な感覚だった。


 しかしニュウは、己が侮られていると勘違いしたまま、剣の柄を握り締めて呟く。


「もういいですわっ……もう、どうなっても知りませんわっ! 何もかも、消し去ってやりますわっ……このわたくしの、〝憤怒〟でッ!」


「にゅ、ニュウ先輩、落ち着いて……えっ?」


 怒りに燃えているはずのニュウが、なぜかバックステップして距離を離す。思わずライカは呆気に取られたが、彼女の続く行動に、目を奪われた。

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