1:第7話 全てを爆滅する〝憤怒〟の刃

 ニュウが取った行動、舞――それは、だ。薄紫に輝く剣身が、流麗りゅうれいな軌道を描いて舞い踊っている。


「グラム、其の力は《竜》を屠る無双の聖剣。グラム、其の刃の後には、灰燼かいじんが残るのみ。グラム、其の名の、其の名の意味は――」


 朦朧もうろうとした言葉を紡ぎながら、ニュウがグラムを緩やかに振りかぶった、次の瞬間。



「《怒れる者》! 其の名は、《憤怒の聖剣グラム》――!」



 かっ、と閃光が周囲を照らし、離れた場所からニュウが剣を斬り下ろす、と。



「灰燼と化せっ――《爆滅の憤刃バーン・グラム》――!」

「―――え?」



 ライカは、自身の目を疑った。薄紫の剣身が、飛んでくる。

 いや、斬撃が形となって飛翔ひしょうし、離れているライカへと襲いかかったのだ。


 思わずライカが、呆然と立ち尽くしていると、


『ダメっ、ライカ! に当たっちゃ! 避けてえっ!』

「! う、おおっ!」


 エクスの声に反応し、ライカはすんでの所で身をかわした――が、しかし。


「……あ、れっ?」


 飛翔する斬撃が地に触れた瞬間、ライカが聞いたのは、爆発音。そしてようやく理解したのは、自分が風に吹かれた木の葉のように、宙を舞っている事実だった。


 少し遅れて、背中に焼かれたような痛みを感じつつ、ライカは地に落ちる前に体を捻る。


「くっ、がっ!? い、つうっ……」

『ら、ライカ!? しっかりしてよ、ね、ねえ……ちょ、っと……?』


 輝く剣身から、エクスの心配そうな声が響く。その言葉尻がどんどん力を失っていく中、ライカは何とかかすごえを漏らした。


「だ、大丈夫、エクス……ぎりぎりで受け身は取れたし、俺、頑丈だから……」

『! ほ、本当に大丈夫なのね? よ、よかったぁ……』


 心底から安心しているらしいエクスの声を聞きながら、ライカが何とか起き上がる。そして、自身の後ろを目視すると、背中に冷や汗が流れるのを感じた。


「……これが、《憤怒の聖剣グラム》の力かっ……」


 先ほど爆発の直撃を受けた地面には、まるで初めから何も無かったように、大きな空洞が開いてしまっている。それはまさに〝憤怒〟の象徴。凝縮し、圧縮された、破壊の権化だ。



 〝伝説級レジェンド〟の《聖剣》や《魔剣》には、他の〝力ある武器〟にはない、大いなる異能いのうが宿っている。大炎をおこし、嵐を呼び、全てを氷結させる、そんな奇跡を現実に顕現けんげんできるのだ。



 まさにニュウも、そのたぐいの力を使っているのだと、エクスが剣の中から呟いてきた。


『《憤怒の聖剣グラム》……〝使い手の怒りを爆発に変える〟異能ね。同じ《聖剣》のアタシには分かるわ。けど、あのニュウって子、危険よ。強大な力に魅入みいられて、暴走してる!』


 エクスが危惧する通り、〝伝説級〟の武器の力が強大であるがゆえに、使い手は狂気に魅入られてしまう事も多々ある。それは《魔剣》でなく、《聖剣》と呼ばれていても、同じようで。


「うっ、ふふっく……そうよ、これがわたくしの力よ! わたくしをバカにする輩は、全て……粉々に、ぶっち砕けなさぁぁぁい!? あっはははぁ!」


 怒りに憑りつかれたオーガの如く、ニュウは高笑いしながら、飛翔する斬撃を乱れ撃つ。無秩序な軌道を描く斬撃は、対峙するライカだけでなく、観覧席にまで及んだ。


「ひいいいっ!? か、壁が一瞬で吹っ飛んで……あんなの、当たったら死んじまうッ!?」

「つーかコッチ、やけに狙われてね!? さっき悪口わるぐち言ったから!?」

「ウソだろ!? ごめんなさい手の平返しますから! 俺の手首はもうボロボロォォォ!」


 着弾した斬撃が爆発するたびに、阿鼻叫喚あびきょうかんが響く。

 ついライカが、そちらに気を取られてしまう、と。


「っ。大変だ、何とかしてニュウ先輩を止めないと――」

『ライカ、ばかっ、前を見なさいっ!』


 エクスの切羽詰せっぱつまった声に、返事をする暇さえなかった。危機は既に、ライカの眼前に迫っている。遠間とおまから力をふるっていたはずのニュウが、いつの間にか接近していたのだ。


「隙だらけですのよッ! うっ、だらあぁぁぁっ!」


「し、しまっ……うわっ!」

『きゃ、きゃあっ!?』


 ニュウの斬撃を既の所で受け止めたが、触れた剣身に爆発が起こる。右腕を根元から引っこ抜かれるような衝撃に耐えきれず、吹っ飛ばされたライカは、エクスを放してしまった。


「ぐっ……エクス、大丈夫か!?」


『ば、ばかね、アタシは《聖剣》よ! 大丈夫だから、自分の心配しなさいってば!』


「そ、っか。大丈夫なら、よかった。……けど、こっちはちょっと、まずいかも」


『えっ? ……うそっ、ライカ!?』


 エクスは遠くまで弾き飛ばされ、ライカは無防備な状態。


 けれど今、我を失っているニュウは、容赦などしてくれない。


「うふ、くくくっ、これで終わりですのっ……《爆滅の憤刃バーン・グラム》ッ!」


 振り下ろされたグラムの剣身から、アメジストに輝く斬撃が飛び立つ。抵抗も出来ないライカには、リルの消え入りそうな声を聞く事しかできない。


「え、え……ライカ、さま? うそ、そんな……ぁ」


 ライカの目には、迫りくる斬撃がスローモーションに映った。成す術もなく、あの全てを消失させるような爆発を、その身に受けるしかない。


 死すら覚悟した、その時――不意に、銀色の閃光が辺り一面にほとばしり。



『ライカさまを――いじめるなぁ――!』



 響いたのは――だった――

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