1:第2話 ベストと思われた行動が、彼から平穏という言葉を奪い去っていった

 さて、ライカに剣を差し出していた両姫は、ようやく互いの存在に気付いたようで――まずは気の強そうな《聖剣》の娘が声を上げた。


「ちょっと、何よアンタ、《魔剣》? あのね、ライカはアタシのマスターなんだけど?」


「えっ……ち、違いますっ。ライカさまは、ボクのご主人さまになるお方ですっ」


「はあ? 意味わかんないコト言わないでよね。第一、《魔剣》なんて物騒ぶっそうな剣より、《聖剣》の主になるほうが、よっぽど幸せよ。ライカだって、きっとそうだわ!」


「っ。そ、そんなこと、ないですっ……決めるのは、ライカさまですっ」


 気弱そうな《魔剣》の娘も、かすかに震えてはいるが、負けじと反論していた。


《聖剣》と《魔剣》、二人の美少女に取り合われ、呆然とするライカ。けれど、この状況はどう考えても〝ありえない〟。それは、周囲の学園生達の反応からも理解できる。


「ど、どういうこと? 《魔剣》二刀流とかならともかく……《聖剣》と《魔剣》の別々から同時に選ばれるなんて、そんな話、今まで一度だって聞いたことないわよ!?」

「聖剣使いは、《魔剣》は絶対に使えないんだろ? 逆でも同じで……どうなってんだ?」

「お、おい、ウソだろ、おいっ……俺さっきから〝ウソだろ〟ばっか言ってね!?」


 聞こえてくる混乱の声が示す通り、《聖剣》と《魔剣》に同時に選ばれた使い手など、今まで存在しなかった。そんな常識はライカも知っているし、つい放心ほうしんしてしまうのも当然。

 ……いや、そもそもライカにしてみれば、もっと大きな問題がある訳で。


(……思いっきり、ー……)


〝決して目立たない〟というライカの決意は、数分ともたず、はかなく砕け散ってしまった。

 前例のない、聖魔二極の剣に選ばれた、渦中かちゅうの人物と化している。


 とはいえ、このまま目立ちっ放しという訳にはいかない。既にかなり手遅れな気もするが、ライカは謹んで辞退するため、二人に声をかけようとした、が。


「あ、あのー、二人とも。せっかく選んでくれたのに申し訳ないけど、俺は遠慮を――」

「アンタ、いい加減にしなさいよねっ!」


 突然、《聖剣》の娘が怒鳴り声を発する。《魔剣》の少女がびくりと体を震わせ、銀色の狼耳を弱々しく垂らしながら、震える口を開いたが。


「きゃうんっ……な、なんですか、急にっ」


「っ。う、うるさいっ。アタシは至高にして、最強の《聖剣》なのよっ。だから、最強のアタシの言うコトが、一番正しいのっ」


「ぅ……そ、それならボクも、歴代最強の《魔剣》になる素質がある、って言われて……」


「そんなの知らないっ! アタシ、ず~~~っと待ってたんだからっ! アタシを使いこなす力のある、マスターをっ……ライカは、アタシのよっ!」


「ぼ、ボクだって、待ってたんですっ。だからライカ様は、ボクのご主人さまにっ……」


「うるさい、うるさいっ! こ、このおっ――」


 金色の長髪を振り乱した彼女が、勢い良く右手を伸ばすと、気弱そうな少女は怯えて目を閉じた。あわや、突き飛ばされてしまう、その直前。


「ダメだよ。喧嘩なんて、しちゃいけない」

「……え!? きゃっ」


《聖剣》の娘の細くしなやかな右腕を、ライカが右手で掴んで止める。すると、彼女は戸惑いながらも、気の強い眼差しを向けてきた。


「な、何よ。アンタ、その子の味方するワケっ? っ……じゃあ、アタシの敵ねっ!」


「そんなコトはない。俺はこの子だけじゃなく、キミの味方もするつもりだ。確かキミは、自分が最強の《聖剣》だ、って言ってただろう?」


「! そうよ、分かってるじゃない。ふふーん、結局アタシのコトが欲しいのねっ。いいわ、うやまびて、へつらいなさいっ」


「いや、そういう意味じゃないよ。キミが最強だというのなら、それに相応しい振る舞い方があるはずだ。海でも、山でも、力強く雄大ゆうだいものほど、小さなものを寛容かんように受け入れる。簡単に怒ったり、喧嘩したりするようじゃ、最強には程遠いと思う」


「なっ。……何よ、そんなコト、急に言われたって……っ」


 射抜くような眼光が、一転して沈んでしまう。しゅん、と落ち込んでしまった彼女に、けれどライカは、優しく微笑んで見せた。


「でも、本当はキミだって、喧嘩までするつもりは無かったんだよな? 最初に怒鳴っちゃった後、しまった、って顔していたし。あとはもう、その場の勢いだったんだろ?」


「あっ……う、うん。その、つい興奮して、ワケ分かんなく、なっちゃって……気付いたら、いつの間にか、手が出てて……うぅ」


「うん、手を出したのは、確かに良くなかった。だけど、そうやって落ち込んでいるってコトは、悪いとも思っているはずだ。キミが最強なら、もう同じ間違いなんて、しないよな?」


「! あ、当ったり前でしょ、アタシを誰だと思っているの。《至高の聖剣エクスカリバー》よ! 同じ失敗なんて、絶対にありえないんだからっ♪」


 恐らく彼女本来の気質だろう、明快めいかいな笑顔と言葉を投げかけてきてくれる。


 ライカは笑って頷き返すと、次は銀色の狼耳を垂らす、不安そうな少女に声をかけた。


「ほら、そんなに怯えなくても大丈夫。彼女はそんなに怖い子じゃなかっただろ? さっきはつい、気がたかぶっちゃっただけみたいだしさ」


「あ……は、はいっ。それは、わかりました。けど、あの……」


「ん? まだ、ちょっと怖いかな? さっきの今じゃ、仕方ないかもだけど」


「い、いえ、《聖剣》さんのことでは、なくて。その……ボク自身のこと、です。あれくらいのことで、あんなに怖がっちゃうなんて……こんな臆病おくびょうなボクが、イヤで……」


「! ……そうなのか」


 気弱な印象はそのまま、うなだれてしまう少女の、その頭を――ライカがおもむろに、左手で狼耳ごと撫でた。


「きゃんっ? ら、ライカさま、あ、あのうっ?」


「キミは……とてもさとい、イイ子なんだな」


「えっ? い、いえ、ボクは全然、イイ子なんかじゃ……弱虫で、《魔剣》ですし……」


「魔剣かどうかなんて、関係ないよ。それにキミが、自分で短所だと思っているコトだって、見方を変えれば長所になる。怖がってしまうのは、それだけ繊細とも言えるだろ? 臆病なのも、人一倍、鋭敏えいびんな証拠だ。それが、聡い、ってコトなんだよ。よしよし」


「そ、そんな、ボクなんて……ぁ、ぁぅ。……くぅ、ん♪」


 撫でられているためか、少女は目を細め、気持ちよさそうな声を漏らしている。


 今しがた揉めていた二人を、ライカはあっさりと治めてみせた。周囲の学園生達は、何やら唖然あぜんとしているが、ライカにしてみれば当然の事。


 ライカは孤児院では、〝皆のお兄さん〟的存在だったのだ。誰かが取っ組み合いを始めればすぐに仲裁ちゅうさいしていたし、自分より下の子の面倒をいつも見ていた。

 だからこそ、目の前で喧嘩が始まれば黙って見ていられないし、止めるのも朝飯前である。


(良かった、良かった。《聖剣》でも《魔剣》でも、皆仲良くが一番だよな、うん!)


 ただ。ただ、この時ばかりは。ライカはを、忘れていた訳で。



「やっぱりっ……ライカ! アンタこそ、アタシのマスターに相応しいわっ!」

「えっ。……えっ?」



 感極まったように言い放つ《聖剣》の娘に、《魔剣》の少女も頷きながら続いた。


「ボクも、そう思いますっ。ボクを使う力があるかとか、関係なく……ボク、ライカさまに、お仕えしたいですっ。ライカさまは、ボクの……いえ、ボク達のご主人さまですっ」


「ん、そーね。ホントはアタシだけのマスター、って言いたいトコだけど……アタシは最強なんだからっ。寛容に受け入れてあげるわっ」


「は、はいっ。ライカさま……ボク達のこと、よろしくお願いしますねっ♡」


 両手を胸の前で合わせ、くりっ、と小首を傾げた《魔剣》の少女が、上目遣いで見上げてくる。《聖剣》の娘も大きな胸の下で腕を組み、満面の笑みで頷いていた。

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