聖魔の剣姫と、竜墜としの剣士 ~どちらかにしか選ばれないはずの聖剣と魔剣の姫から同時に見初められた俺は、人類の天敵である竜の血を引くことを隠して目立たず生きたい~

初美陽一

第一章 聖魔の剣姫と、竜の剣士

1:第1話 〝決して目立たない〟という彼の誓い

 ――世界には〝力ある武器オーバー・ウェポン〟、《聖剣》と《魔剣》が存在する――



 対照的な二極の剣は、限られた人間にのみ扱う事ができるが、必ず〝どちらか〟にしか選ばれない。例えば《聖剣》の使い手が《魔剣》の力を引き出すのは、絶対に不可能なのだ。


 人類は千年近くもの昔から、《竜》と総称される怪物達を天敵とし、種の存亡をけて争い続けてきた。人類側の対抗手段は、《聖剣》と《魔剣》と、その使い手のみである。


 ここ《エルシオン学園》は、そんな聖魔二極の剣を、使い手となる剣士と引き合わせ、育成する教育機関だ。そして今まさに行われている対面式にて、幾人いくにんかの二学年度生が見守る中、新入生達が次々と振り分けられていた。


「うおおっ……《聖剣》に選ばれた! じゃあ俺、《聖剣クラス》なのかぁ」

「くくく、時代は《魔剣》よ、我が闇の力こそ……あ、《聖剣》ですか、そうスか……」

「あたし、《魔剣》なんだ? 剣っていうか、薙刀グレイブみたいだけど……ていうか適正あるとか、この歳まで知らなかったし、武器の持ち方すら知らないんだけどなぁ……」


 聖剣に選ばれた者は《聖剣クラス》へ、魔剣であれば《魔剣クラス》へ。

 対照的な二剣は、能力も性質も異なるため、別々のクラスに振り分けられる。


 人智を超えた力を持つ《聖剣》と《魔剣》は、個々に意思や性格を持ち、いずれも美しい少女の姿を具象化ぐしょうかできる。手のひら大の妖精のような彼女達が、自分自身でもある剣を宙に浮かせ、使い手の下へと運ぶ姿は、煌々こうこうと輝いている事も相まって幻想的な光景に見えた。



(あれが《聖剣》と《魔剣》かぁ。……俺は、どっちに選ばれるんだろう?)


 ライカ=バルドリングも、同じ新入生達が選ばれていく中、最後尾で順番を待っていた。


 使い手としての適性の有無は、基本的には思春期の年頃に判明する。そのため、教育機関は学園のていをとっており、入学者には多額の報奨金ほうしょうきんや、数多あまたの支援が約束されている。


 ライカもまた、十六歳になって適正アリと判明し、入学を許された青年だ。天涯孤独の身の上で、育った孤児院の経営難を解消するのも、入学理由の〝一つ〟である。


(どっちの剣に選ばれたとしても、学園が支援してくれる内容は同じだし、これで孤児院の皆の生活は安泰あんたいだな。それに、この学園に入学しないと、出来ないコトもあるし)


 だが、〝もう一つの理由〟は、ライカの特殊な生い立ちから、起因していた。


 ライカは人間と――人類の天敵たる《竜》との、ハーフなのだ。生まれつき、ライカの左肩を覆って剥がれない〝竜鱗りゅうりん〟が、それを証明している。


(俺が一体、何者なのか。それを知るには、人類の天敵である《竜》の蔓延はびこる地、《竜域エリア》を探索するのが一番の近道。そのために、俺はこの学園に入学しにきたんだ)


 孤児院でも、ライカの事情を知る者は、院長先生を含めてごく僅か。心優しく口固い恩人達のおかげで、秘密は守られてきた。この学園でも〝秘密を守る〟という条件は同じ。


(俺は人間として生きてきたし、普通の人間のつもりだ。でも、人類の天敵である《竜》の血を引いているなんてバレれば、その人間から敵意を向けられてしまうかもしれない。だからこそ、リスクを最小限にするために)


 グッ、と拳を握るライカの決意は、強く固まっていた。


(決して、! 普通の学園生達と同じように、普通の学園生活を送り、普通に暮らすんだ! よーし、俺は絶対に目立たないぞ! 絶対にっ――)


「お、おい、ウソだろ、あの新入生……ま、まさかっ!?」


(んっ? あれ、何か妙に騒がしいような?)


 いつの間にか、最後尾のライカの順番が、回ってきたらしい。しかしなぜだろう、やけに注目されている。まさか、いきなり人間と《竜》のハーフだとバレたのか。


 いや、さすがにそれはない。注目されている理由を、見物していた二学年度の在学生達が叫んだ。


「あ、あれはっ……《至高の聖剣エクスカリバー》じゃねぇか!?」

「現存する《聖剣》の中でも、最強って噂される……と、とんでもない美人さんなのね」

「《竜域エリア》で発見されてから、今まで使い手を選ぶどころか、誰一人として剣に触れさせもしなかった、って話なのに……まさか、あの新入生を選ぼうとしてんのか?」


 〝伝説級レジェンド〟と呼ばれる〝力ある武器〟が具象化できる肉体は、もはや妖精の如き小ささではない。完全に、人間と同じ肉体で――しかも、この世ならざる美女の姿を顕現する。


 今、《至高の聖剣エクスカリバー》と呼ばれた剣を携えて来るのも、この世に二つとない美しさを具えていた。流れる金髪は、満月の光を溶かして染め上げたように煌めく。輝く星にも似た双眸そうぼうは、華美かびな装飾の剣をたずさえている事も相まって、凛々りりしき戦女神を彷彿させた。


《聖剣の乙女》と呼んでも過言ではない、学園の女子制服に身を包んだ美女が、自信に満ち溢れた笑みを浮かべながら、ライカに向かってゆっくりと歩み寄る。


 ―――と、不意に別方向からも、思いがけないざわめき声が上がってきた。


「えっ。……ええっ!? あの子、《魔狼剣まろうけんフェンリル》っ!?」

「う、ウソだろ……姿が見られるだけでも激レアだって話なのに、何でこんなトコに!?」

「あの子、新入生に近づいて……あれ? でも《聖剣》と《魔剣》って、あれっ?」


《魔狼剣フェンリル》と呼ばれた者も、小柄だが、その姿は絶世の美少女。なめらかな銀髪は前髪が長く、左眼は隠れていたが、それが逆に幼気いたいけつぶらな右眼を強調している気がする。


 そんな彼女の頭頂には、人間とは大きく異なる――獣の耳と、ふさふさの尻尾が生えていた。《魔狼剣》という名から考えれば、狼耳という事になるのだろうか。


 彼女自身でもある《魔剣》を両手で抱きかかえ、おずおずと歩み寄ってくる。《至高の聖剣》とは対照的に、いかにも気弱そうで、小動物を思わせる仕草に庇護欲ひごよくあおられそうだ。


 けれど、おかしい。

 〝伝説級レジェンド〟と呼び讃えられる《聖剣》と《魔剣》が、なぜ今、同時にライカの方へ歩み寄ってくるのか。そんな事を考えている内に、二人はすぐ近くまで迫っていて。



 右側からは、《至高の聖剣エクスカリバー》である、スタイル抜群の金髪美少女が。

「ふふーんっ……新入生の、ライカ=バルドリング、と言ったかしら。アタシの使い手に相応しい人が、ようやく現れたようね。ホント、待ちくたびれたわよっ♪」



 左側からは、《魔狼剣フェンリル》である、狼耳の銀髪美少女が。

「え、ええとっ、ライカさま、とおっしゃるんですよね? ボク、《魔剣》で……《魔剣》なんかで、申し訳ないですけれどっ……あ、あのっ」



 二人とも、ライカを挟んでいるせいか、互いの事に気付いていないらしい。そのまま、困惑するライカへと、あらゆる意味で対極的な二人が、ほとんど同時に剣を差し出してきた。



「ライカ! 《至高の聖剣エクスカリバー》が、アンタをマスターと認めてあげるわっ!」

「ライカさま、どうか《魔狼剣フェンリル》の、ご主人さまになってくださいっ!」

「「…………はい?」」


「俺の台詞セリフでは?」


 ライカの呟きはさておき、〝伝説級〟の《聖剣》と《魔剣》の美少女が、呆気にとられた声を同時に漏らす。



 こうして、〝〟と誓ったライカの学園生活は――


 ――、始まってしまったのだった――

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