気まぐれ番外編
告白を諦めた日
ある日のお昼時。アルバーン邸にて。
今日は両親不在だったため、グレン、ミリィ、クラークの子供たち三人だけで昼食をとっている。
親がいないこともあり、三人の過ごし方はいつもより気楽だ。
当時12歳だったグレンは、最近、考えていることがあった。
幼馴染で初恋の相手でもある、ルイス・エアハート子爵令嬢についてだ。
三人でわいわいと話していたのに、急に長兄のグレンが静かになったものだから、ミリィとクラークも「どうしたの」と言いたげにグレンを見た。
「ミリィ、クラーク。俺……ルイスに告白しようと思うんだ」
「こ、告白!? じゃあルイスが私の義理の姉になるの!?」
告白の一言で、ミリィの中では兄とルイスのウェディングまで話が進んだ。
10歳のミリィは、兄と同い年のルイスによく懐いている。
年齢が一桁のときには、ルイスお姉さま、と呼んで慕っていたぐらいだ。
ちなみに、グレンのルイスへの恋心は、この時点でとっくに弟妹にバレている。
「いや、そうと決まったわけじゃないけど……。でも、そうなったらいいなとは……」
妹の「義理の姉」発言に、グレンもてれてれである。
やや赤みのある頬をかきながらも、まんざらでもなさそうだ。
グレンの中でも、ウェディングドレス姿のルイスの隣に立つところまで、話が進行していた。
そんな中、一人冷静だったのが9歳のクラークだ。
「告白成功したとしても、家柄と人種はどうするの」
「うっ……。それは……家柄は、なんとかなるだろ。人種だって、ルイスが俺の番だったらなんの問題もないし、番じゃなくても俺はルイスがいい」
「ふうん。まあ頑張りなよ」
「なんか棘があるなあ……」
「別に。僕だって、ルイスが義姉さんになってくれたら嬉しいし、反対ってわけじゃない」
「ならそう言ってくれよ……」
素直じゃないところのある弟に、グレンは1つ溜息をついた。
アルバーン家の獣人三兄弟に好かれる人物、ルイス・エアハートは子爵家の次女だ。
親同士の付き合いが深かったため、彼らは早い段階で知り合っている。
腰まで届くふわふわの金の髪に、優しい緑の瞳。
やや小柄で、高身長の者が多いアルバーン家の人間からすると、小さくて愛らしい。
グレンと同じ12歳だが、すでに身長にはそれなりに差がついている。
昔は少々内気なところがあったが、グレンにくっついて回るうちに社交的になってきて。
グレンからすれば、自分を慕う女の子が懸命についてきて、だんだんと明るくなっていったのだから、それはもう可愛いものだった。
獣人は、身体能力が高く見目もよいものが多い。
そのうえ公爵家の嫡男ともなれば、グレンは女子に大人気だった。
まだ互いに10代前半だというのに、「グレンさまあ」と猫撫で声でグレンの腕などに触れてくる女子も多い。
四大公爵家の嫡男にアピールしておこう、という考えそのものは間違ってはいない。
けれど、それを向けられる本人からすれば、なかなかに面倒くさいもので。
そんな中、肩書ではなくグレン本人を慕って、ぱあっと笑顔を見せてくれるルイスの存在は彼の癒しとなっていた。
「家柄も、人種も関係ない。俺は、ルイスと一緒にいたい」
弟妹の前でそう話すグレンの表情は、真剣そのもので。
ミリィとクラークもルイスのことは大好きだったから、告白をすると意気込む兄を、とめることはしなかった。
グレンは、次にルイスがアルバーン邸にやってきたとき、彼女に告白することを決めた。
予定通りなら、数日後にはエアハート子爵がやってくる。
おそらく、ルイスも父についてくるはずだ。
「ルイスに、気持ちを伝えるんだ……!」
私室に戻ったグレンは、カレンダーを見ながらそう意気込んだ。
しかし、告白が行われることはなかった。
エアハート子爵がやってくる前日、アルバーン邸は騒然としていた。
その理由を作ったのは、一通の手紙。
「……え? 今、なんて……?」
「……あなたたちの叔父さんが、番を見つけたそうよ」
黒い髪に赤い瞳が印象的な、グレンの母。
普段は凛とした印象の彼女だが、今はすっかりまいった様子で顔を覆っていた。
グレンには叔父がいる。公爵家を継いだのは長男だったグレンの父だから、叔父は比較的自由に暮らしていた。
番は見つからなかったものの、想い人と結婚し、子宝にも恵まれ。
幸せな家庭を築いており、グレンも叔父の子供たち……いとことは仲がよかった。
夫婦仲も親子仲も良好な、穏やかな家庭だった。……はず、だったのに。
「叔父さんは、どうなったの?」
「……」
母は、それ以上は教えてくれなかった。
同じ獣人であるグレンには、刺激が強すぎると思ったのかもしれない。
だが、父は……獣人のアルバーン公爵は、教えてくれた。
グレンにとっても大切なことであると、判断したのだろう。
「あいつは、番と再婚したいと言っている。離婚ができないなら、愛人として迎え入れると」
「離婚、愛人って……。あんなに仲がよかったのに、どうして」
「番とは、そういうものなんだよ。番に出会ってしまったら、それまでの愛も恋も、全て忘れる。それだけ強力な呪いなんだ」
「でもっ……」
アルバーン公爵は、息子の前でそっとしゃがみ、肩に触れる。
顔の高さを合わせると、静かに、けれどはっきりと息子にこう告げた。
「グレン。獣人である以上、お前も番の呪いからは逃れられない。番以外の者と婚姻を結ぶとは、こういうことだ。覚悟して生きなさい」
グレンは、言葉を失った。
叔父の家庭は、番が見つかったことをきっかけに崩壊。
ミリィとクラークにもすぐに伝わり、彼らは番の呪いの恐ろしさを教え込まれることとなった。
以降、グレンがルイスに想いを伝えようとすることはなく。
ミリィとクラークも、ルイスから距離をおくようになった。
番に全てを書き換えられた兄と、その姿に傷つくルイスを、見たくなかったから。
グレンの気持ちは、彼女が自身の番だとわかるその日まで、大事に大事にしまわれ続ける。
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