エピローグ

前半 彼らのその後

 約2年の婚約期間を経て、ルイスとグレンは正式に結婚した。

 最初こそ、四大公爵家と子爵家の婚姻に不満を持つ者もいたが、2年も経てばそれなりに受け入れられたもので。

 筆頭公爵家次期当主の番として選ばれ、自身もアルバーン家の奥様となるべく努力を重ねたルイスは、今では令嬢たちの憧れの的だった。

 結婚式が行われたのは、グレンの20歳の誕生日。

 式は、彼の20歳の誕生日パーティーも兼ねていた。

 

 この2年のあいだに、ルイスは公爵家当主の妻として。グレンはアルバーン家を継ぐ者として、それぞれ精進していた。

 婚約から結婚までの時間はいわば修業期間でもあったのだが、グレンの誕生日と同日に式が行われたことには、理由があった。


「さあグレン様。祝いのシャンパンを」

「あ、ああ……」


 披露宴の最中、式のスタッフから乾杯用のシャンパンを手渡されたグレンは顔を引きつらせる。

 獣人の彼には、臭いがきつすぎるのである。

 度数の高い酒の場合、臭いだけで酔ってしまう獣人もいるほどだ。

 そんな彼を、一足先に20歳を迎えていたルイスが心配そうに見守っている。


「グレン様。初めてですし、無理はしないでくださいね……? この場でちょっと口に含むだけでも、大丈夫だと思いますから」


 互いにだけ聞こえる程度の声量でそう言えば、グレンは外行き用の笑顔を作りながらも頷いた。

 今だって臭いに鼻をやられているはずなのに、顔を引きつらせたのは一瞬で、すぐに笑顔を浮かべられるあたり、流石は公爵家の人間である。


 グレンが20歳となるまで挙式を待った理由。それは――酒である。

 この国の成人年齢は18だが、酒が飲めるようになるのは20歳から。

 主役が一滴の酒もなしではつまらないだろう、と王子が発言したために、このタイミングでの挙式となったのである。

 四大公爵家のグレンにとって、王族はそれなりに近しい存在だ。

 グレンたちの2つ上の第二王子は、グレンの幼馴染でもあった。


 あんのクソ王子。面白がりやがって……!


 そんなふうに思いながらも、グレンは乾杯と同時にシャンパンを喉に流し込んだ。

 


***


 

 グレンの妹であるミリィは18歳に。

 成人を迎えた彼女は、兼ねてより志望していた騎士となった。

 公爵家出身の麗しの獣人女騎士に、女子たちも大興奮である。

 身体能力の高い彼女は、男性顔負けの活躍を見せている。

 女性だからこそできることや、寄り添える場面もあり、彼女は多くの人々に頼りにされていた。



 17歳となったクラークは、番を見分ける嗅覚を発現させていた。

 しかし、番はまだ見つかっていない。

 クラーク曰く、


「後からごたごたするのも嫌だし、番探しの旅にでも出ようかなあ」


 とのこと。

 いつも通りクールな彼だが、その声はどこか楽し気で。

 父と兄が早くに番を見つけて結婚し、上手くやっているから。もしかしたら自分も、と期待しているのかもしれない。

 クラークのお嫁さん探しは、これから始まる。




 そして、グレンとルイスが婚約してすぐの頃、ルイスは偽物だと主張して騒動を起こしたカリーナは。


「やあお嬢さん。また来てくれたんだね」

「はい! ここのパン、大好きなので」


 パン屋の主人に向かって、カリーナが満面の笑みを見せる。

 彼女は、自身の番の近くで、平民として暮らしていた。

 洗練された身のこなしと容姿のおかげで、なんとか仕事にもありつくことができている。

 この町のやや高級な飲食店が、彼女の職場だ。


 彼女が住む場所は、獣人と人間の争いも発生する土地であり、迫害を受けることも少なくはない。

 初めのころなど、カリーナが母国を追放された獣人であることを知った者たちが、彼女を罵倒することもあった。

 新しい土地に馴染んできた今でも、「嘘つきウサギ」と子供にからかわれる日もある。

 獣人が食べ物を扱うなんて、毛が入ってるんじゃないか、と怒鳴られたり嘲笑されたりすることもある。

 逆に、彼女の容姿や立ち居振る舞いを気に入って、店の常連となった者もいる。


 国の作りの違いに加えて、暮らしもがらっと変わった。

 一国のトップクラスの身分の者として生まれた彼女にとって、平民の暮らしは苦痛なもののはずだ。

 しかし、番を見つけた獣人ならば、それらのことは苦にもならない。

 番のそばにいられる喜びは、全てを上回る。


 カリーナの気持ちは、相手の男性には届いていない。

 彼は獣人ではなく人間で、既に家庭を持っていたのだ。

 彼が、カリーナを見ることはないだろう。

 そのことは、カリーナ自身も理解していた。


 けれど、それでもよかった。

 自身の番が、幸せに暮らしているなら。

 結婚などできなくとも、こうしてたまに話すことができるなら。

 それだけで、カリーナは幸せだ。

 これっぽっちもつらくないと言えば、嘘になる。

 しかしこれも、獣人が番に向ける愛の形の1つだった。

 自分のことを見てもらえなくても、番さえ幸せであれば、それでいいのだ。

 二人の関係は、パン屋の店主と常連客。

 この先も、この関係が変わることはないのだろう。



 カリーナが他国で平民として暮らしていること、番を見つけたものの、相手が既婚者で、生涯片思いに終わることは、ルイスとグレンも知っている。

 初めてその話を聞いたときは、なんと言ったらいいのかわからず、ルイスは言葉を失い。

 グレンは、「彼女はそれでも幸せなんだよ」と静かに話した。

 

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