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それから、一か月ほどが経ち。
番を騙ったカリーナは、身分をはく奪され、国外へ追放されることとなった。
オールステット家という、この国でも屈指の力を持つ家の者が、番というシステムを悪用しようとしたのだ。
四大公爵家と獣人。両方の名誉や信頼を著しく傷つけたことを考えれば、この処分も妥当か、やや甘いぐらいかもしれない。
豪華なドレスや装飾品は全て取り上げられ、ほんの少しのお金だけを持たされて。
簡素なワンピースに身を包んだカリーナは、馬車で他国へと運ばれていた。
そう簡単に戻ってこれないよう、ご丁寧に複数の国境を越えた先まで送るそうだ。
彼女が生まれ育ったセリティエ王国は、獣人と人間が共存する国だった。
しかし、他国はそうもいかない。
もし、別の国でなんとかやっていけたとしても、争いや迫害に怯える日々が続くだろう。
公爵家の娘として、周囲の人々にちやほやされて育ったカリーナにとって、他国での暮らしは恐ろしいものだった。
最初こそ、俯き、光のない瞳でぼうっとしていた彼女であったが、あるときから、そわそわとあたりを見回すようになっていく。
今まで感じたことのない高揚感が、彼女を包む。
進むほどに、その感覚は強くなってゆき。
ある町にたどり着いたとき、ついに我慢できなくなって。
「馬車をとめて!」
「え? ですが、予定地はまだ先で……」
「いいから!」
御者に向かってそう叫び、無理やり馬車をとめた。
素早く馬車をおりた彼女は、弾かれるようにして一直線に駆けだす。
お気に入りのドレスや装飾品を取り上げられたときには、それなりに悲しくなったものだった。
だが、今の彼女はもう、そんなことは気にならない。
動きやすい簡素なワンピースと、シンプルな靴でよかった。だって、こんなにも早く走れるのだから。
そんなふうに思いながら、彼女は町中を駆けていく。
自分を高揚させる「なにか」がそばにある。
進むにつれて、なんだか甘い香りも感じるようになってきた。
己の本能に従い、辿りついた先には――
「……パン屋、さん?」
カリーナの前に現れたのは、ごくごく普通の……公爵家の出のカリーナからすれば平民用の、パン屋だった。
獣人であるカリーナには、パンの香りもよく感じられる。
店内には甘いパンもあるだろうが、カリーナに届くこの香りは、クリームやカスタードのものではない。
この中に、自分にとって大事な「なにか」がある。
そう確信したカリーナは、そっとドアを開けた。
「いらっしゃいませ。可愛らしいお嬢さん」
店内に足を踏み入れたカリーナに、店の男が笑顔を向ける。
カリーナの本能が言う。
この人だ、と。
「あの、あなたは……!」
すべてが吹き飛ぶような高揚感でいっぱいになりながら、カリーナはその男性に向かって歩みを進めていく。
カリーナのグレンへの恋心は、きれいさっぱり消え去った。
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