一夜だけでも、夢でもなくて
こうして、この騒動は幕を閉じた。
クラークが話した通り、グレンは、みなの前でルイスが己の番であることを証明していた。
嗅覚と聴覚を頼りにできないよう、耳と鼻に栓をされ。
その状態で、離れた場所にいるルイスを見つけ出すことを求められた。
ルイスが隠れる場所を指定したのは、カリーナの父であるオールステット公爵だ。
彼はカリーナの父だから、娘の話が真実であって欲しかったし、できることなら処罰もしたくなかった。
だから、簡単には見つけ出せない場所にルイスを隠したが、耳も鼻もろくに使えないはずのグレンに発見され。
番を持つ獣人も、この様子なら本当に番なのだろうと話し。
その場にいたみなが、ルイスこそがグレンの番であると認めざるを得なかった。
みなの前で見事に番を探し出してみせたグレンの主張は、真実であったと扱われ。
いもしないグレンを探してホテルを動き回ったカリーナは、嘘をついていたと断定された。
二人の動きは、あまりにも違いすぎたのだ。
東方に連れ戻されたカリーナは、これから相応の罰を受けることになるのだろう。
***
開け放った窓から風が入り込み、ルイスの金の髪を撫でる。
まだ早い時間帯だが、すでに太陽が出ており、少しの風も心地いい。
外の空気を味わいつつも、ルイスの表情はどこか陰っていた。
「……」
自分たちが番であったことを認められ、疑いの目を向けた者たちからの謝罪も受けて。
元の生活に戻れるはずなのに、彼女の気分は晴れない。
「ルイス。朝方はまだ冷えるよ」
そんな彼女の肩にそっとショールをかけたのは、寝起きのグレンだ。
そのまま彼はルイスの隣に立ち、ともに風を感じ始める。
くああ、と彼があくびをしたものだから、ルイスはふふ、と笑みをこぼした。
社交の場などでは見せることのない、リラックスしたグレンの姿が、なんだか可愛く思える。
グレンの主張が認められた日、二人はグレンの私室で夜を共にした。
すれ違いも解消し、自分たちの関係が公にも認められ。
感情の高ぶった二人は、初めて身体を重ねた日のように、情熱的なときを過ごしたのだった。
「……あまり眠れなかったのか?」
「眠れはしたのですが、なんだか、早くに目が覚めちゃって」
グレンにたっぷり愛された翌朝は、疲れから起床が遅くなることが多い。
なのに今日はグレンよりも早く起きていたから、彼を心配させてしまったようだ。
ちなみに、彼に包まれて幸せいっぱいになったところでルイスの記憶は途絶えている。
ので、眠れなかった、ということはない。
むしろ、心地よい疲労感と幸福感から、一人のときよりもぐっすり眠れているだろう。
だというのにどうして、早くに目が覚めてしまったのかといえば――。
「カリーナの件が気になって、落ち着かない?」
「……そう、みたいです」
「……四大公爵家の獣人が、あんな嘘をついたわけだからな。謝罪だけでは済まないだろう。でも、きみが気に病むことじゃない。カリーナだってオールステット家の獣人だ。相応の罰も覚悟のうえだったはずだよ」
やり方こそ間違っていたが、カリーナは、本気でグレンに恋していた。
でも、彼女はグレンの番ではない。既に番を見つけている獣人のグレンが、彼女に心変わりすることもない。
グレンが、他の女性を見ることは絶対にない。生涯、ルイスだけを愛し続ける。
その事実に安心もするが、あったかもしれない未来を考えると、少しだけ怖くなった。
ルイスは偽物で、カリーナこそが真の番だったら。
長い時をかけて積み上げてきたものが、一瞬で壊れていたのだ。
「……獣人にとっては、夢のような話」
「ルイス?」
「ミリィたちがそう言っていた意味が、今になって理解できたような気がします。ミリィがよく、あなたに『でかした』と言う理由も」
「俺も、最初は本当に驚いたよ。きみを抱いた翌朝、番だってわかったんだから」
「っ……!」
自分からグレンに迫ったことを思い出したルイスが、ぷるぷると震えながら頬を染めた。
「あの、その日の話は、ちょっと……!」
「はは、ごめんごめん」
「悪いと思ってる感じがしないです!」
むう、とルイスは下からグレンを睨みつける。
身長差があるため、どうしても見上げることになってしまうのだ。
彼は、面白そうに笑いながら、ぽんぽんとルイスの頭に触れた。
余計にむううっとなるルイスだったが、おどけた様子だった彼の雰囲気が、すっと変わったことに気が付く。
青い瞳は愛おしそうに細められ、じっとルイスをとらえた。
子供をあやすように頭に触れていた手は、ルイスの柔らかな金糸を優しく撫で始める。
「……一夜の思い出にならなくて、本当によかった」
「……私も、そう思います」
グレンがルイスの頬に触れ少し屈んだことを合図に、ルイスも背伸びをする。
二人の唇が、重なった。
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