番の呪い
そんなカリーナの姿に、ルイスは胸を痛めていた。
ルイスは、カリーナに聞きたいことがあってここまで来た。
どうしてこんなことをしたのか。グレンのことが好きだったのか。
その答えを、カリーナの口からききたかったのだ。
だが、もう。今にも泣きだしそうなカリーナを前にして、そんな質問を投げかける気はなくなっていた。
カリーナは、嘘をついてまで手に入れようとするほど、グレンのことが好きで。
けれどグレンは、カリーナの気持ちにはこれっぽっちも気が付いていない。
ここまでしても気が付いてもらえないこと、自分を見てもらえないことに、カリーナはひどく傷ついている。
二人が話す様子を見て、ルイスはそう理解した。
「グレン様」
ルイスは、グレンとカリーナのあいだにそっと割り込む。
彼の胸に手をおくと、ゆるゆると首を横に振った。
もうやめてあげて、そう言うかのように。
「理由がなんであれ、彼女はこれから罰を受けることになります。だから、もう……。ここでの質問は、やめておきましょう」
「あ、ああ……。けど、ルイス。きみも、聞きたいことがあったんじゃ」
「私のほうはもういいんです」
「そう、なのか……?」
ルイスはグレンに向かってほほ笑む。
本当に用は済んだのだろうか、と思ったのだろう。グレンはルイスを気遣う様子を見せていたが、ルイス自身の言葉を優先して、引き下がってくれた。
番二人のやりとりを見て、カリーナは肩を震わせ……くつくつと、笑い始める。
「ははっ……! あははっ……」
「カリーナ様?」
「見せつけてくれるじゃない。番様の余裕ってやつ? 私は大丈夫ですーもうやめてあげてくださいーって?」
「そんな、つもりじゃ」
「違わないでしょ! グレンに全く相手されない私に、同情したのよね? そんなのいらない。いいわ、言ってやるわよ!」
カリーナは、その小さな体で、すう、と息を吸った。
「私は、グレンのことが好きだった! 番を騙ってまで奪い取ろうとするほどに! 私こそが番だと主張すれば、ルイスとの婚約を解消させて、自分のものにできると思ったのよ!」
カリーナの叫びに驚いたのは、グレンだった。
「俺の、ことが……? だが、そんな嘘をついても、きみ自身の番が現れたら……」
「関係ないわよそんなの! 私は、グレンのことが好き! ずっと好きだった! 私の気持ちは、番なんかに消されたりしない!」
カリーナが生まれたオールステット家は、長く続く獣人家系だ。
数百年前、セリティエ王国の王妃として、獣人の女性が選ばれたことをきっかけに、この国では獣人と人間が共存できるようになった。
彼らは、番だった。
その王妃の孫娘が降嫁してきたことで力を強め、四大公爵家にまで上り詰めたのがオールステット家。
数代前に獣人の血が入ったばかりのアルバーン公爵家とは違い、オールステット家は、この国を象徴するような、歴史ある獣人家系なのである。
しかし、獣人家系の存続はそうたやすいことではない。
結婚後に番が見つかり、配偶者と愛する人が別となった代もあった。
まだ子供がいなかったのあれば、番である愛人の子が家を継ぐことも。
夫婦ともに生涯にわたって番は見つからず、平和に過ごした者もいる。
オールステット家の獣人は、結婚後のトラブル回避のため、嗅覚の発現後、諸国を旅して番を探すことも多い。
カリーナの両親は獣人だが、やはり正式に婚姻を結ぶ前に旅に出ている。
その結果、出会う可能性のある範囲に番はいないとされて。
互いが番ではないことを知りながら結婚し、それなりに上手くやっている。
そんな家に生まれたカリーナだから、獣人の番のことは、よく知っていた。
長く続くカリーナの家系でも、早くに番を見つけて円満に結婚した者のほうがずっと少ないのだ。
カリーナの両親のように、番が見つかることすらない者が多数派だ。
番に出会えたとしても既に婚姻後で、家庭の形が歪になることことも少なくない。
だからこそ、番がすぐそばにいた幼馴染だったグレンのケースなんて、ありえない、夢物語だと感じる。
番の呪いに振り回されてきた家系だからこそ、番というシステムに反発したくなる。
自分だけは大丈夫だと、思いたくなる。
カリーナの赤い瞳から、ぽろぽろと涙が零れ落ちる。
「私は絶対、番の呪いなんかに負けたりしないんだから! だから……私のことを見てよ、グレン……。絶対絶対、あなたのことを忘れたり、しないから。番の呪いに、勝ってみせるから」
「カリーナ……」
もう止まらなくなりわあわあと泣き出したカリーナは、控えていた兵に連行されていく。
彼女はこれから、裁きを受けるのだろう。
筆頭公爵家の者が、愛する人を手に入れたいからという身勝手な理由で番を騙ったことへの、裁きを。
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