ここまでしても、あなたは

 まんまるに近い月が、アルバーン領を照らす。

 もう夜と呼べる時間なのに、妙に明るい日だった。

 明りを消しても、カーテンを開け放てばそれなりの光源が確保できるかもしれない。そう思うぐらいには。

 そんな日に、アルバーン領の高級ホテルの一室で、カリーナは他の貴族たちに詰め寄られていた。

 カーテンの開いた部屋で、月を背景に。

 椅子に座らされたカリーナの周りでは、貴族たちが彼女を責める言葉を吐いている。


 嘘をついた理由は。

 四大公爵家の人間がこんなことをして、許されると思っているのか。

 オールステット家の者による番の悪用が理由で、獣人差別を引き起こす可能性がある。

 どう責任をとるつもりなのか。


 クラークに集められた者たちが、こぞってカリーナを責め立てる。

 対するカリーナは黙秘を貫いており、本人の口からはなにも聞けないままだ。

 これではらちがあかない。カリーナがなにも言わないつもりなら、言い分を聞かないまま処分をくだすしかない。

 貴族たちが、そんな話を始めたころ。グレンとルイスが、現場に到着した。

 グレンが部屋に入ってきたことに気が付くと、ようやくカリーナが顔を上げる。


「……グレン。ルイスまで。なによ、笑いにきたの?」

「……そんなんじゃない。ただ、弟だけに任せてはおけないと思っただけだ。俺たちは、今回の件の当事者だからな」

「……ふん。結局、邪魔者が地位も立場も失うところが見たかっただけでしょ」


 カリーナが、ふい、とグレンから顔を背ける。

 険しい表情のまま、カリーナは言葉を続けていく。


「私はたしかに、あなたの番じゃないわ。でも、そっちはどうなの? ルイスが自分の番だって、証明できるわけ?」

「兄さん側の証明は先に終わらせてる。耳と鼻を使えないようにした状態で、ルイスの居場所を探ってもらった。きみみたいにホテルをうろうろしたりせず、すぐに見つけたよ」


 カリーナの疑問に答えたのはクラークだった。

 耳栓と鼻栓をして歩く姿は滑稽だったけど、と付け加えたものだから、グレンは「その情報いるか?」と渋い顔になる。


「番を見分ける嗅覚、という呼び方をされているが、実際には嗅覚だけが働くわけじゃない。説明しにくいが、第六感とでも呼ぶべきなにかがある。距離が離れすぎていなければ、番がいる方向や位置はなんとなくわかるんだ」

「……そう。そっちは本当だったわけね」

「……ああ。だから、きみが嘘をついていることは、最初からわかっていた。どうしてこんなことをしたんだ? 番だと、嘘をつくなんて。この様子だと、そういった指示があったわけでもないんだろう?」


 グレンは、カリーナが自分に向ける気持ちに気が付いていない。

 彼にとってカリーナは、年に数回会うかどうかの相手。

 同格の家柄の者として、付き合いがあるだけの人。

 幼いころは一緒に遊ぶこともあり、友人と呼べたかもしれない。

 だが、思春期を迎えたころには、性別の異なる貴族として、適切な距離をとるようにしていた。

 距離をとる、といっても、露骨に避けたりはしていない。

 二人きりでは会わない、近づきすぎない、用もなく個人として約束を取り付けない。その程度のものだ。


 グレンはルイスに好意を持っていたから、カリーナ以外の女性との接し方にも、それなりの注意を払っていた。

 他の女性と親しくしすぎて、仲を疑われるようなことは起こしたくなかったのだ。

 グレンにとってのカリーナは、特別な存在ではなかった。

 意識していないから、カリーナが自分に恋心を抱いているなんてふうにも思わない。

 グレンは既に己の番を見つけているから、余計に他者が自分に向ける好意には鈍感なのかもしれない。

 番だという嘘までついたのに、カリーナの気持ちを全く理解しないグレンの態度は、彼女にとってひどく残酷なものだった。

 

「カリーナ。理由があるなら話してくれ」


 ここまで一方通行なのかと、カリーナは俯く。


「このまま黙っていると、きみは自分の言い分を主張する機会もないまま処分される。どうしても、言えないのか?」

「っ……」


 もう、涙が出そうだった。

 嘘をついてまで欲しがった相手は、これっぽっちも自分のことを意識していない。

 自分は、彼にとって、そういう対象ではない。

 好きだから。あなたが欲しかったから。そんな思いにすら、気が付いてもらえない。なにも届かない。

 

 気が付くぐらい、してくれたっていいじゃない!


 悔しさ。悲しみ。虚しさ。

 カリーナの赤い瞳に、涙がにじみ始める。

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