「どういうこと? グレンはどこ!? さっき声がしたでしょ?」


 なんであなたがいるの、グレンを出しなさい、とカリーナは憤る。

 そんな彼女に、クラークは冷たい目を向ける。


「兄さんは、ここには来てないよ。さっきの声は僕」

「なっ……!」

「この程度の嘘も見破れないんだね。番だって言ってたのに。本当に兄さんの番なのかなあ?」

「あなたがグレンの服を着てるからじゃない! 声だって真似して! 誰だって間違うわよ! いくら耳や鼻がよくたって、兄弟のあなたたちにこんなことされたら……!」

「使えるのは、耳と鼻だけなの? 番なのに」

「っ……! 今のは、グレンが来たと思って嬉しかったから、ちょっと間違えちゃっただけよ! 嬉しくって急いでたら、番だってこれくらいの間違いはあるでしょ!?」

「ふうん」


 カリーナは必死にまくしたてるが、クラークの態度は依然として冷たく。

 クラークがあまりにも興味なさげで、呆れたような様子だったから。


「このっ……!」


 カリーナはカッとして、クラークに向かって手をふりかぶる。

 クラークを叩く寸前の彼女をとめたのは、ある男だった。


「カリーナ。もうやめなさい」

「お父様!? どうして、ここに……」


 カリーナの父、オールステット公爵家の当主だ。


「クラークくんに呼び出されたんだよ。……ここまでのやりとり、聞かせてもらった。嘘をついているのはお前だな、カリーナ」

「ちがっ……! 違うの、お父様! 今のは違うの! 自分の番が会いにきてくれたら、誰だって嬉しくなるでしょ!? だからちょっと間違えちゃっただけなの!」

「カリーナ、もう……」

「だって、兄弟なのよ!? 匂いも気配も似てるわ! アルバーン家のほうが、私を陥れようとしてるの! 弟を使って私を騙した、私を悪者にしようとした! 正しいのは自分たちだと主張するために、私を嵌めたのよ!」

「カリーナ!」


 怒鳴り声にも近い、父の声。カリーナも怯み、少しの静寂が生まれた。

 

「……これ以上、オールステット家の名に泥を塗るのはやめなさい。このやりとりを聞いていたのは、私だけではない。他の有力貴族や、王家筋の者も来ている。……いくら声や匂いを近づけたところで間違うはずがないと、番のいる者が言っていたよ」

「っ……! わかった、グレンもここにいるんでしょ。それなら、私が勘違いしちゃったのも頷けるわ。元々番の気配は感じていたの。そこにグレンに似てるクラークが来たら、間違えても仕方ないわ。文句言ってやるんだから」


 そう言うと、カリーナはホテルの部屋を出て、ずんずんと進みだす。

 こんなことをしてカリーナを騙したのだ。きっと、グレンもこのホテルのどこかで自分たちの話を聞いている。

 彼を見つけ出せば、番の気配は近くにあった、だから間違えたのだと、言い逃れができるかもしれない。

 そう考えたカリーナは必死にホテル内を探すが、グレン本人どころか、残った匂いすらも見つけることができなかった。

 ホテル中を歩き回ったカリーナは、グレンがいないことを理解して、わなわなと震えた。

 そんな彼女の背に、クラークが声をかける。


「だから言ったでしょ? 兄さんは、ここには来てないって」


 赤い瞳を釣り上げて、カリーナは悔し気にきっとクラークを睨みつけた。

 しかしクラークは、愉快そうににたりと笑うだけ。


「兄さんとルイスを侮辱した罪、認めてもらうよ」

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