検証2

 クラークによる「検証」が行われた日の夕刻。

 自分に与えられた部屋で休んでいたルイスの耳に、ノックの音が届く。


「ルイス。俺だ」


 続いて、グレンの声が。

 名乗ってはいないし、ドア越しだから姿も見えないが、この声はグレンのものだ。

 長年の片思いの相手で、やっと結ばれた人。ルイスが間違えるはずもない。

 ルイスは、彼の来訪に喜んで扉を開けた。


「はい、グレンさ、ま……」


 婚約者の顔があると思い、見上げた先にはなにもなく。

 少し視線を下げると、そこには。


「クラーク……?」

「ん。こっちも大丈夫だね。ルイス義姉さんがこれならいけるでしょ」


 グレンではなく、クラークの姿が。

 近くにグレンはいないから、先ほどの声はクラークのものだったようだ。


 そういえば、兄弟だから元々の声もちょっと似てるかも……?

 でも、グレン様と間違えるなんて……。


 グレンだ、と自信満々だったのにこれだ。ルイスはがっくりと項垂れた。


「騙してごめん。でも、必要なことだったんだ。それじゃ」


 クラークの用は済んだらしく、彼はあくまでクールに、すたすたと立ち去っていく。

 

「……? なんだったんだろう」




 きょとんとするルイスに見送られながらも、クラークはぼそりと呟く。


「兄さんとルイスの名誉を傷つけたこと、僕は絶対に許さない」


 小さな声は、ただの人間であるルイスには届かなかった。



***



 あの騒動から数週間ほどが経った今も、カリーナはアルバーン領に滞在している。

 グレンの真の番は自分だ。ルイスとの婚約を解消させ、自分と婚姻を結び直すべきである。

 そういった手紙を出した効果もあり、カリーナの故郷である東方や、王家がおさめる中央では、それなりに話が広がり始めたようだった。

 使用人を通じて得た情報によれば、今のところはカリーナが優勢。

 やはり、初恋の幼馴染が番だったなど、話ができすぎているとみなが思うのだ。

 身分の壁がある相手を手に入れるために嘘をついているのがグレンで、真実を言っているのがカリーナ。

 そう見る者が多かった。


 おそらく、カリーナ優勢となったことには、子爵家のルイスと四大公爵家のグレンでは、身分の差がありすぎることも影響しているだろう。

 下位貴族として生まれながら、筆頭公爵家の妻になるなど、認めたくない者、嫉妬心を抱く者も多いのだ。

 しかし、カリーナは違う。

 グレンとは同格の家柄だから、格差を問題視する者や、やっかむ者もいない。

 カリーナがそうだと言えば、強く非難できる者もいない。


「このままいけば……私が……。グレンの『番』に」


 滞在中の宿の一室で、カリーナは口角を上げる。

 カリーナの計画は順調に進んでいた。

 この調子なら、グレンの婚約相手はカリーナに変更されるだろう。

 

「子爵家風情が、あの人に嘘をつかせてまで結婚なんてしようとするからこうなるのよ」


 ルイスこそがグレンの真の番である可能性も、まったくのゼロではない。

 しかしカリーナは、グレンを奪い取れそうになったことで、「きっとグレンも嘘をついているのだろう」という考えを強めていた。


「自分こそが番だって主張しただけで、こんなにも簡単に、人を手に入れられるなんて。そりゃあ、グレンだって同じ手を使うわよね」


 カリーナは自嘲気味に笑う。

 自分は、グレンの気持ちを無視している。

 もしもルイスが彼の本当の番であった場合、グレンには一生恨まれることになるだろう。

 でも、それでもよかった。

 彼の隣に他の女がいるよりは、マシだ。

 仲睦まじい夫婦になどなれなくても、構わない。

 心がなくたっていい。

 ただ、自分のそばにいてくれればそれでいい。

 

「仕方ないわよ、好きなんだから。こうでもしなきゃ、見てもらえないんだから」


 そう言いながら天井に向かって手を掲げる彼女は、笑ってはいるのだが、楽しそうでも、幸せそうでもなくて。

 そこには、悲しみの色が浮かんでいた。

 自分だって、ずっとグレンのことが好きだったのに。

 彼は、ルイスを選んだ。子爵家の女と結ばれるために、番だと主張してまで。

 それが嘘であろうと本当であろうと、カリーナは、自分がとっくに完敗していることを理解していた。

 それでも。そうだとわかっていても。彼が欲しいのだ。


 ぼうっと窓から夜景を眺めていると、誰かが宿の部屋をノックする音が聞こえた。

 西方に連れてきている使用人か、宿の者だろうか。

 名乗るなりなんなりするだろうと思い、カリーナはドアのほうへ注意を向ける。

 ドアまではやや距離があるが、カリーナの耳なら十分に音を拾うことができる。

 扉越しに聞こえてきた、言葉は。


「カリーナ。俺だ。きみと話がしたい」

「……グレン?」


 これは、グレンの声だ。

 西方にやってきてからそれなりの時が経つが、彼は一度も、カリーナの元を訪れたりはしなかった。

 正式な話し合いの場は設けられたが、こうして個人としてやってきてくれたのは、初めてだった。

 愛しの人が訪ねてきてくれた嬉しさから、自然と、カリーナの嗅覚が研ぎ澄まされる。

 少しでも相手の存在を感じ取ろうとしたのだろう。

 かすかにだが、グレンの香りも感じ取ることができた。


「グレン! やっと私と向き合う気になってくれたのね!」


 髪型や服装をささっと確認してから、カリーナは喜び勇んで扉を開ける。

 しかし、その先にいたのは――。


「残念。ハズレ」

「くらー、く……?」


 だぼだぼの服――おそらくグレンのものだろう――を身にまとった、クラークだった。

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