つがい、だから

 できることなら、彼の胸に飛び込んでいきたい。

 不安で不安で仕方ないと、己の心情を吐露してしまいたい。

 けれど、グレンのことを疑ってしまったルイスには、それすらもできなくて。


「グレンさま、グレンさまっ……」


 他の誰もいない場所で、一人。

 小さく彼の名前を呼びながら、泣くことしかできなかった。

 こうしてひとしきり泣いたら、屋敷に戻ろう。

 これから、次の授業が始まるはずだ。

 ルイスは、ぐすぐすと泣きながらも、自分の目元をぬぐった。

 そんなとき、がさがさ、と生垣をかきわける音が聞こえてきて。


「ルイスっ……!」


 必死に進んできたのだろう。

 髪や衣服を乱し、葉っぱなどもついた状態のグレンが、ルイスの前に現れた。

 走ったのか、彼は少しばかり呼吸を荒げている。


「グレン、さま……? どうしてここが?」


 外から見えないよう、生垣のあいだに隠れていたはずだ。

 なのに、どうして。

 そう聞いてから、ルイスは彼が狼系の獣人であったことを思い出す。

 嗅覚も聴覚も人間よりよほど発達している彼なら、ひと一人見つけるぐらい簡単なのだろう。

 しかし、グレンの答えは。


「自分の番の居場所ぐらいわかるさ」

 

 だった。


「……つがい、の?」

「ああ。距離がありすぎると厳しいが、方角や位置はなんとなくわかるんだ」


 なんでもないことのようにそう言うと、グレンはルイスの隣に腰を落とす。

 

「……私の匂いを追ってきたわけではなくて?」

「んー……。きみという人の匂いも、鼻で追える。だが、番としての嗅覚や感覚のほうが鋭く働く。獣人特有の感覚だから、説明が難しいな……」


 人間であるルイスにどう説明したものかと、グレンはうーんと頭を悩ませる。

 

 番だから、わかる。


 彼の言葉に、少しの期待が生まれて。でも、獣人の彼なら、番でなくても匂いで追えるとも思えて。

 グレンがどの感覚を頼りに自分を見つけ出したのか、わからなくて。

 彼の隣で俯くルイスだったが、すぐに顔を上げることになる。


「兄さん! ここにいた! 早いよ……」

「流石は番、といったところかしら……」

「おー、遅かったな」

「番と一緒にしないでくれる?」

「私たちは匂いを辿らなきゃだから、お兄様のようにさくさくは進めないのよ……」


 グレンに続いて、彼の妹のミリィ、弟のクラークが現れたのだ。

 弟妹の登場により、グレンが立ち上がる。

 彼が手を差し伸べてくれたから、ルイスはその手を取り、腰をあげた。

 彼らが言うには、屋敷から姿を消したルイスを心配し、三人で探していたそうだ。

 三人揃って屋敷を出て、ミリィとクラークはルイスの匂いを辿ろうとしたのだが、グレンだけは迷うことなく走り出し。

 彼らの中で最も上背があり、足も長いグレンは、弟妹の前から姿を消した。

 ミリィとクラークは、グレンとルイス、両者の匂いを辿ってここまで来たのだ。


 グレンが、ミリィとクラークよりも先にルイスを見つけることができたのは。

 彼が迷うことなく、ルイスの元まで一直線だったのは。


「……つがい、だから?」


 ルイスの声が震え、その緑の瞳からは、再び雫がこぼれる。

 番であると信じ込ませるために、彼らが嘘をついているとは思えなかった。

 彼らの話通りなら、グレンが一番に到着できた理由は、自分が彼の番だからだ。


「っ……う、ううっ……。グレン、さま……!」


 せきをきったように、わあわあと。

 声をあげて泣き出したルイスは、隣に立つグレンにすがりついた。


「ごめんなさい、グレンさま……! 私、あなたを、うたがって……」


 自分の胸に身体を預けて泣く彼女を、グレンはそっと抱きしめる。


「……にせもの、って言われて。こんやくも、かいしょうになるかも、って思って……。グレンさまのこと、信じられないのも、いやで……!」


 ルイスは、本音を吐き出していく。


「あなたが、私にうそをついたんじゃ、ないかって。カリーナ様の言う通りかもしれないと、思って。わたし、不安で。もう、いっしょにいられないのかなって。グレンさまは、カリーナさまを愛するのかもしれないと思ったら、くるしくて」


 彼女の頭に触れながら、グレンは静かにルイスの言葉を聞いていた。


「グレン、さま。わたしを、おいていかないで。ずっと好きでいて。ほかのひとなんて、見ないで。わたしのことを、忘れないで……!」

「……大丈夫。大丈夫だよ、ルイス。俺の心は、他の誰のものにもならない。きみだけだ。きみが、俺の唯一だ」

「っ……! 信じて、いいのですか」

「うん。俺を信じてくれ。絶対に、俺の気持ちが揺らぐことはないから」


 獣人の愛はしつこいぞ、と付け加えて、グレンは、出会った頃を思わせる、やんちゃな男の子のように笑った。

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