どうしてもあなたが欲しかった

 今日は、よく晴れていた。

 空を見上げても、雲が視界に入らないぐらいだ。

 暖かく世界を照らす太陽を直に見てしまい、カリーナはすぐに視線をおろす。

 

――こういうときに天気がいいと、なんだか憎たらしくなるわね。


 自分が置かれている状況や気持ちとは、真逆のように思えるから。

 心がどしゃぶりのときに天気がいいと、気に入らない。

 そんなことを考えながら、カリーナはオールステット家の馬車を待たせているほうへ向かった。


「一旦ホテルに戻るわ。出してちょうだい」


 ルイスとグレンの元を去ったカリーナは、アルバーン公爵邸に停めていた馬車に乗り込み、御者に指示を出す。

 遠方だから、せっかくなら観光もしたいから、という理由をつけて、カリーナはアルバーン領に宿をとっていた。

 東方のオールステット家を離れ、しばらくはこちらに滞在するつもりだ。

 だが、本当の理由は違った。

 彼女は、最初からこの展開に持ち込むつもりで、西方にやってきたのである。

 簡単に話がまとまるとは思わなかったから、事前に宿泊先を用意していた。


 ホテルに向かう馬車の中で、カリーナは考える。

 どうしたら、グレンを自分のものにできるのだろう、と。




 カリーナとグレンは、四大公爵家の者同士、幼いころより交友があった。

 王都を挟んで西と東と、管轄する地域が離れているために、会う回数こそ少なかったが。

 生まれゆえに、対等に話せる相手が少ないカリーナにとって、グレンは大切な存在だった。


 カリーナは、筆頭公爵家のご令嬢で、うさぎのような耳のついた、小柄な人。

 白い髪に、赤い目。顔の作りが幼く愛らしいことも相まって、彼女はお人形さんのようだった。

 そんな彼女の容姿を、周囲の者たちは称賛した。

 そういった見た目をしているからと、彼女自身のことも人形のように扱った。

 小柄であっても、カリーナは獣人。身体能力そのものは高い。

 しかし周りの人間は、彼女が駆け回ることを許さなかった。

 彼女に、ただのお人形さん、か弱いお嬢さんであることを求めた。

 カリーナは、いつも窮屈な思いをしていた。


 けれど、同格の家柄に生まれた、獣人同士でもあるグレンは違った。

 カリーナに、男に守られる弱い女でいることを求めない。

 カリーナの身体能力の高さを理解している。

 幼いころは、一緒に野を駆けて競争してくれた。

 カリーナのほうが速かったため、何度も勝負を挑まれたぐらいだ。

 王に次ぐ権力を持つ家の生まれで、人形のような容姿のカリーナに、そんな風に接してくれたのは、グレンぐらいなものだった。

 グレンは、カリーナの初恋の人だった。

 そして、彼が好きだ、彼が欲しい、という気持ちは今も変わらない。



 成長してからは、流石に走り回って遊ぶことはなくなった。

 でも、たまに会う彼は、幼いころのように、気さくに自分に話しかけてくれる。

 年に数回会う程度の関係ではあったが、カリーナのグレンへの恋心はどんどん育っていった。


 17歳になる前、番を見分ける嗅覚が発現したときは、恐怖した。

 もし、グレンと顔を合わせて、彼が自分の番ではないとわかってしまったら。

 そう思うと怖くて。彼女は意図してグレンに会うことを避けるようになった。

 1つ上のグレンは、まだ嗅覚が発現しないようだと聞いて、安心もしていた。


 けれど、グレンが18歳の誕生日を迎えて少し経ったころ。

 彼が番を見つけたことを知った。

 相手は、アルバーン公爵家の傘下にあり、繋がりも深い子爵家の娘、ルイス・エアハート。

 婚約披露パーティーの招待状も届いたが、とても参加する気にはなれず。

 体調不良だと言って、欠席した。

 事実、グレンが番を見つけて婚約したことを知ったカリーナはしばらく寝込んだから、体調不良というのも嘘ではない。


 二人の婚約からしばらく経っても、カリーナはグレンを諦めることができなかった。

 カリーナは、思うのだ。

 ずっとそばにいた幼馴染が番だったなんて、そんな話、現実にあるものではないと。

 獣人からすれば、誰かが描いた夢の世界のお話だ。

 そう、話ができすぎているのだ。

 カリーナに、ルイスが本当にグレンの番なのかどうかを判定することはできない。

 けれど、付け入る隙はあると思った。

 グレンは、家柄を飛び越えて幼馴染と結婚するために、彼女が番であると嘘をついている。

 真の番は自分で、グレンは嗅覚が発現しないタイプ。

 カリーナがそう主張すれば、カリーナ側につく人もいるはずだ。


 だから、カリーナは。

 無理にでもグレンを自分のものにするために、事前の約束もせず、西方へ向かって飛び出した。


 グレンに会ってみて、わかった。

 自分の番は、彼ではない。彼から、番の匂いは感じない。

 カリーナの本能は、グレンに反応しない。他の男性と同じ。

 ただ、彼自身の香りや気配を感じるだけだった。

 けれどもう、自身の気持ちをとめることはできなくて。

 自分こそが真の番である、ルイスは偽物だと主張し、彼を奪い取ろうとした。

 筆頭公爵家に生まれた自分がこんな嘘をついたと知られたら、カリーナは相応の罰を受けることになるだろう。

 でも、リスクを抱えることになっても構わない。

 初恋の人を、手に入れることができるのなら。


「絶対、諦めないんだから」


 やわく拳を握り、きゅっと唇を噛む。

 カリーナの呟きは、誰に届くこともなく、車輪の音にかき消されて消えた。

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