揺らぐ心

 都合がよすぎる。

 グレンに「きみこそが俺の番だ」と言われたとき、そう思った。

 獣人の番は、必ずしもそばにいるものではない。

 番がいるのは、世界のどこか。

 一度も番に出会えないまま人生を終える者も多く、見つけたとしても、もともと繋がりの深い相手である可能性は低い。


 すぐ近くの現実として、グレンの両親のケースがある。

 グレンの両親に、面識はなかった。

 グレンの父が他国へ出張した際に社交場で初めて出会い、番であることが判明したのだ。

 もしも、グレンの父が他国へ向かわなかったら。

 その会に、どちらか一方でも参加していなかったら。

 筆頭公爵家生まれのグレンの父と、他国の下位貴族の彼女が出会うことはなかっただろう。

 番が見つかり、相手も貴族で、婚姻も滞りなく結べたという時点で、相当に運のいいほうなのだ。

 グレンの両親のケースでも、人々の憧れの対象である。



 なのに、だ。

 ルイスから迫り、身体の関係を持った翌朝、グレンはルイスを番と呼んだ。

 さらには、自分たちは幼馴染で、昔から互いに焦がれていて。

 初恋の相手を抱いた翌朝、番だとわかるだなんて、話ができすぎているのだ。

 グレンの弟妹も、「獣人にとっては夢のような話」だと言っていた。

 事実、両片思いの相手が番だった、番だとわかったことで二人は結ばれた、というロマンス小説も多い。

 あの状況で、この関係で。ルイスがグレンの番だと判明するのは、夢のような話。物語の世界のお話。

 もはや、その域のものなのだ。


 番だと言われたその日に、ルイスの頭をよぎった疑念が、再び持ち上がる。

 貴族の女の初めてを奪った責任を感じて、番だと言いだしたのではないか。

 そこに、カリーナに言われた「初恋の女を手に入れるため」という疑いも加わった。


「ルイス。少し遅くなってしまったけれど、今からでもデートに行かないか? 今日はきみと一緒に過ごせると、楽しみにしてたんだ。疲れてしまっていたら、無理にとは、言わないが……。気分転換にもなるだろうし、どうだ?」


 グレンは、ルイスの髪をひとふさとり、キスを落とす。

 甘い笑みを、己の番に向けた。

 そんな彼に対する、ルイスの答えは。


「……今日は、やめておきますね。ちょっと、疲れてしまって……」

「……そうか。あんなことがあった後だもんな。今日はゆっくりしようか」


 ルイスは、揺らいでしまった。


 私は本当に、あなたの番なの?

 番を見分けられるようになったという話は、本当?

 責任をとろうとしている?

 初恋の人と結婚するために、番だと言った?


 自分を番と呼ぶ彼を信じた。

 心置きなく愛し合えることになり、嬉しかった。


 しかし、都合がよすぎる。話ができすぎている。

 自分こそがグレンの真の番だと言うカリーナの登場により、ルイスは、なにが真実なのかわからなくなってしまった。

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