3章 番の愛と呪い

真の番

 翌日は、午後から二人で出かける予定だった。

 ルイスが引っ越してきてから初めての、のんびりと時間のとれるデートだ。

 午前はゆっくりと休み、昼頃からはランチを兼ねて街へ。

 ……のはず、だったのだが。


「グレン様。お客様がいらしております」

「……は?」


 出かけるために身だしなみを整えていたグレンの元に、執事がやってくる。

 予想外の言葉に、思わず上品さのない返しをしてしまった。


「客が来る予定はなかったはずだよな。これからルイスとデートなんだ。アポなしなら追い返してくれないか」

「それが……。いらしたのは、オールステット家のカリーナ様なのです」

「カリーナが? ……なら、流石に無視するわけにはいかないか」


 グレンは、乱暴に頭をがしがしとかきながら、溜息をつく。

 カリーナ・オールステットは、公爵家のご令嬢だ。

 このセリティエ王国には、四大公爵家と呼ばれる名家があり、そこに数えられるのが、アルバーン家とオールステット家。

 この国は、大きく分けて5つの地域に分けられている。

 王都のある中央。それから、東方、西方、南方、北方。

 中央は国王が、西方はアルバーン家、東方はオールステット家が取りしきっている。

 オールステット家は、アルバーン公爵家と同格の家柄なのである。


 そんな家のご令嬢であるカリーナが、約束を取り付けることもなく、急にやってきた。

 互いの領地は王都を挟んで反対にあり、隣接もしていない。

 だから、ここまでやってくるだけでも、それなりの時間がかかるはずだ。

 ただ遊びにきているだけだとは、思えなかった。

 きっと、オールステット家の娘直々に、突然やってくるだけの理由があるのだろう。

 そうとったグレンは、渋々ではあったが、カリーナに会うことを了承した。



***



「お初にお目にかかります。カリーナ様。グレン様の婚約者の、ルイス・エアハートです」


 客人用の部屋で、グレン、ルイス、カリーナが顔を合わせる。

 カリーナは、うさぎのような、たれた耳を持つ獣人だ。

 白い髪に赤い瞳をしているものだから、本人にもうさぎっぽさがある。


 可愛らしいお嬢さん……。


 カリーナに向かって、このアルバーン家にて磨かれたカーテシーを披露しながらも、ルイスはそんなことを考えていた。

 西方の子爵家のルイスが東方の公爵家のカリーナに会うのは、初めてだった。

 グレンはよく、ルイスに向かって小動物のようで可愛いと言うが、ルイスには、このカリーナという女性のほうが、よほど愛らしく見えていた。

 垂れた白い耳に、小柄な身体。四大公爵家のご令嬢というだけあって、身に着ける衣服や装飾品も見事なものだ。

 レースの多いふりふりのドレスに、ヘッドドレス。そんな服装も相まって、カリーナは童話の世界の住人のようだった。


 いくら同格の家で、急な用があったのだとしても、婚約者のいるグレンが、女性と二人きりで会うわけにはいかない。

 婚約者の紹介も兼ねて、ルイスも同席することになったのだ。

 カリーナもルイスに挨拶を返し、三人は席に着いた。

 グレンとルイスが隣に、カリーナが二人の正面に座る。


「……グレン。番を見つけたそうね」

「ああ。婚約者のルイスが、俺の番だ。彼女とは幼馴染で……初恋の人でもあってな。番だとわかったときは、驚いたよ」

「……そう」


 カリーナは紅茶を口にしながら澄ましている。


「……もしかして、婚約の祝いに来てくれたのか?」


 最初に番の話をふられたものだから、もしかして、と思った。

 グレンとルイスは、婚約時、披露のためのパーティーを開いている。

 西方の貴族に加えて、同格の家柄の相手として、四大公爵家の面々も招待していた。

 しかし、体調がよくなかったとかで、カリーナは欠席していたのだ。

 だから、もしかしたら。欠席してしまった分、今から祝ってくれるのではないか。

 そう、思った。


「ええ。元々はそのつもりだったのだけど……」


 カリーナが、ちらりとルイスを見やる。

 彼女の赤い瞳には、ルイスへの敵意が混じっているように見えて。

 ルイスは、その迫力に息をのんだ。


「グレン。あなた、本当に番を見分けられるようになったのかしら?」

「は? なに言ってるんだ? ルイスが番だったと話しただろう?」

「……本当は、あなたは番を見分ける嗅覚が発現しないタイプ。そうではなくて?」

「いや、だから……。彼女が番だと言ってるだろ。婚約もしている。どうしてそんなことを言うんだ」


 グレンには、確かに嗅覚が発現している。

 ルイスが番であると確信しているし、事実、そうであった。

 しかし、カリーナは。


「グレン。あなたは、初恋の人を手に入れるために、嘘をついている。ルイス・エアハートは、偽の番。そうでしょう?」

「はあ……? あのなあ、もしそうだったとして、どうしてきみにそんなことがわかるんだ。番かどうかを理解できるのは、本人だけだ。きみに、俺の番が誰なのかを知ることはできない。ルイスは確かに俺の番だし……偽の番だなんて、他人のきみに言われる筋合いはない」


 番、というシステムについては、グレンの言う通りだった。

 獣人には、番を見分ける嗅覚が発現する。

 しかし、それが誰であるのか、本当に見分けられているのかどうかを理解できるのは、本人だけだ。

 そのため、この世界には、「あなたこそが自分の番だ」と言って異性を騙し、金品を奪い取る詐欺も存在している。

 獣人の言う「あなたが番」という言葉が真実であるかどうかを知ることできるのは、当人だけなのである。


 ルイスのことを「偽の番」などと言われたグレンは、怒りを露わにする。

 しかしカリーナは、怯むことなく、淡々と。グレンにこう告げた。


「わかるのよ。私が、あなたの真の番だから」

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