幸福な時間

「あー……。癒される……」

「ふわふわあ……」


 ルイスがアルバーン邸で暮らすようになってから、1週間ほどのときが経ったころの夜。

 グレンの私室のベッドに、二人は乗り上げていた。

 グレンはルイスに膝枕をしてもらい、ルイスはそのあいだにグレンの耳を触る。

 番となった二人が見つけた、互いに得する体勢の1つがこれであった。

 グレンはルイスの柔らかな足を堪能し、頭を――正確には耳だが――を撫でてもらい、ルイスは昔から大好きだったグレンのふわふわの狼耳を存分に触る。

 二人には身長差があるため、立っている状態だと耳は触りにくい。

 けれど、この体勢なら。グレンは癒され、ルイスは耳触り放題なのである。

 筆頭公爵家次期当主として忙しい彼と、その彼の奥様としてふさわしい人間となれるよう修業中のルイス。

 互いに疲れた二人の、大事な大事なリラックスタイムだ。


 加えてもう一か所。ルイスが興味津々な部位があった。

 それは――。


「……グレン様」

「ん?」

「尻尾も……触っていいですか?」


 おずおずと、控えめに。

 ルイスがそう口にする。

 獣人族の尻尾は、気軽に触れていい部位ではない。

 人間と獣人が共存するこのセリティエ王国においては、獣人女性の尻尾に無理やり触れた男性が、罪に問われることもあるぐらいだ。

 しかし、ルイスはグレンの番。

 彼女に触らせることのできない部位など、もうなかった。


「いいよ。ほら」


 そう言いながら、グレンは起き上がる。

 同じ獣人であっても、耳や尻尾の形は人それぞれだ。

 グレンは耳も尻尾も大きいほうで、尻尾はふわふわのふさふさだ。

 そのため、服の中にしまうには窮屈で。

 彼は普段、マントや腰布を着用して尻尾を隠している。

 だが、ルイスと二人きりである今は、そのどちらも身に着けていない。

 彼がルイスに背を向けて座れば、ふさふさの尻尾が彼女の前に現れた。


「わあ……! ありがとうございます、グレン様」


 声を弾ませるルイスは、見なくたってわかるほどに喜んでいる。

 グレンに許されたことも嬉しいのだろうが、彼女はどうやらふわふわもふもふに弱いようだ。


「ふふ、可愛い……」


 そんなことを口にしながら、ルイスはグレンの尻尾に優しく触れる。

 ふにふに。こすこす。

 うふふ、と笑みをこぼしながらほわほわするルイスとは対照的に、グレンは悶々としていた。

 獣人族の尻尾が隠され、他者に触れさせない習慣になっていることには、理由がある。

 その理由の1つが――尻尾が、性感帯だからである。

 個人差はあるものの、グレンの尻尾は獣人族の標準通りの感覚を有している。


――そろそろ、いいだろうか。


 ルイスに己の尾を差し出しながらも、グレンはそんなことを考える。

 正直、もう抑えきれそうにない。

 ルイスだって、尻尾が獣人族の性感帯であることは知っているはずだ。

 わかっていて触っているなら……。このあとの展開だって、理解しているはずだ。

 しばらく彼女の好きにさせたのち、グレンは、彼女をそっと押し倒した。



***



 グレンとの情事を終えたルイスは、くったりと力なくベッドに横たわる。

 番であることが判明してからも、二人は何度か身体を重ねている。

 通常、グレンはルイスにも予定があることを鑑み、あまり彼女に負担をかけないようにしてくれる。

 しかし、明日は互いに休暇であることがわかっていたため、ルイスは存分に彼に抱かれてしまったのだった。

 ちなみに、「今日はあなたの好きにしてください」とねだったのはルイスであるため、グレンが一方的に好き放題したわけではない。


「ルイス。水を持ってきたよ。飲むだろう?」

「はい……」


 まだぽやぽやしたままのルイスとは対照的に、グレンの足取りはしっかりしている。流石は獣人男性だ。

 彼は優しくルイスの上体を起こすと、彼女にグラスを差し出した。

 自分で思っていた以上に喉が渇いていたようで、彼女は一気に水を飲みほした。

 水分を取り入れた今も、彼女はまだぽうっとしている。

 そんなルイスを愛おしく思い、グレンは自身もベッドに入り、彼女を抱きしめた。

 ルイスにとっても、グレンにとっても、幸せな時間だった。


「ルイス?」

 

 彼の腕に抱かれていたルイスだが、もっと彼とくっつきたくなって、そっと身体を起こす。

 裸のままグレンの上に乗り上げ、彼の胸に身体を預けた。

 彼女の豊満な胸が、グレンの胸板に押しつぶされる。

 ふにゅりと潰れる様子とその感触を堪能しながらも、グレンは愛する番の頭を撫でた。


「……グレン様、大好き」

「俺もだよ。ルイス」


 こんな時間が、ずっと続けばいい。

 ルイスはそう願いながら、そっと目を閉じた。


 しかし、彼女の幸せで満ち足りた暮らしは、翌日やってくる訪問者によって、揺らがされることとなる。

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