花嫁修業
引っ越しの翌日から、ルイスの花嫁修業は始まった。
もしグレンの番が平民出身の者であったなら、「庶民の出なのだから仕方がない」と多めに見てもらえたかもしれない。
実際、そういった家も存在する。
番が平民であった場合、すぐに高位貴族の水準まで育てることはできないからだ。
しかしルイスは子爵家のご令嬢で、グレンの幼馴染だ。
生まれを理由にして、奥様教育から逃げることはできない。
ルイスも、そこは覚悟のうえでグレンとの婚約を結んでいる。
「ルイス。今日は、俺は近くにいることはできないが……応援しているよ。もしなにかあれば、すぐに頼ってくれ」
「ありがとうございます、グレン様」
ルイスも含めた家族揃っての朝食を終えた二人は、グレンの私室で過ごしていた。
今日のグレンは、領地の視察のため夕方まで公爵邸に戻ってこない。
出発までの短いときであっても、彼はルイスとの時間を作った。
彼女は今日から、厳しい教育を受けることになる。
そんなルイスを支える意思を、はっきりと彼女に示したのだ。
グレンの腕の中で、ルイスは静かに目を閉じる。
ずっと、彼とこうすることを望んでいた。
叶わない夢だと思っていた。諦めていた。
けれど、今、こうして抱き合うことができている。
頑張る理由は、それで十分だ。
「グレン様」
大好きな彼の名前を呼んで、顔をあげる。
グレンの胸に手をおいて少し背伸びすると、ルイスの意図を察した彼も身をかがめてくれた。
小柄なルイスと、長身のグレン。立ったままキスをするには、互いの協力が必要となるのだ。
二人は、そっと口づけを交わす。
それぞれこれから予定があるから、軽く触れ合わせただけだ。
たったそれだけの行為でも、ルイスを安心させてくれる。
「……いってらっしゃい、グレン様」
教育初日だというのに、グレンは不在なのだ。
きっと、本当は心細いはずだ。
なのにルイスは、弱音を吐くこともなく、微笑んで、グレンを送り出してくれる。
健気な番の頭を撫でると、グレンはもう一度彼女にキスを落としてから仕事に向かった。
初日は、現在のルイスが各分野にてどのくらいの力を持っているのかが試された。
公爵家の面々を育て上げた講師たちと、現当主の妻である、グレンの母。
そんなメンバーの前で、ルイスはダンス、テーブルマナー、教養など、様々なテストを受けていく。
緊張してしまい本来の力を出し切れなかった部分もあるが、それも含めて今のルイスの実力で、彼女の精一杯だった。
彼らからのルイスに対する評価は、「子爵家の娘としては上出来。しかし筆頭公爵家の嫁としてはまだまだ。更なる教育が必要」であった。
おおむね、ルイス本人やエアハート子爵家の者たちが思っていた通りの結果だ。
「グレンの番のあなたを、私は大いに歓迎しています。しかし、それはそれ。これはこれ。アルバーン公爵家の当主の妻としてふさわしい水準まで、きっちり指導いたします。覚悟はいいかしら」
「はい。グレン様の隣に立てるよう、精一杯取り組ませていただきます。ご指導のほど、よろしくお願いします」
グレンの母の言葉にルイスは力強く頷き、深くお辞儀をする。
迷いのない返事に、義母となる人も満足そうだった。
公爵家当主の妻として、厳しい表情をしていた義母の様子が変わる。
「……私も最初は苦労したから、あなたの気持ちも、少しはわかるつもりだわ。一緒に乗り越えていきましょう。あなたなら、きっと大丈夫よ」
優しく、穏やかな口調だった。
グレンの父は獣人だが、母親は人間だ。
運のいいことに、グレンの父は早い段階で番を見つけ、結婚し、家庭を築いていた。
その相手が、他国の貴族階級出身の彼女である。
貴族ではあったが、爵位はそう高くなく。
さらに他国の人間ともなると、セリティエ王国に合わせた学びなおしが必要だった。
筆頭公爵家の妻、番として選ばれた女として、相当な叩き上げを行ったのだ。
今のルイスと似た立場にある義母は、ルイスに必要な教育を施しながらも、彼女を支えるつもりだった。
グレンの家族はみな、グレンの初恋の人で幼馴染のルイスが番であったことを、歓迎している。
教育で手を抜く気はないが、グレンの父も母も、息子の番嫁を可愛がる気満々であった。
指導すべきところはしっかり指導するが、可愛がるときは可愛がる。
それも、家族総出で。
厳しさと、愛情。その両方を一身に受けながら、ルイスは新しい生活を始めていく。
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