盛り上がる番たちと見つめる視線

 ルイスが、婚前にアルバーン公爵邸に移り住んだ理由。

 それは、花嫁修業である。

 ルイスとて、子爵家のご令嬢。

 一通りのマナーや教養は身に着けているし、ルイスの両親だって、どこに出しても恥ずかしくない娘として育てあげたと思っている。

 しかし、それはあくまで子爵家の生まれの人間としては、だ。

 筆頭公爵家の奥様となるには、まだまだ力不足。

 公爵となるグレンを支えられるよう、アルバーン公爵邸で教育を受けることになったのだ。

 きっと、ルイスはこれから、厳しくしごかれるのだろう。


 これから始まる生活への期待と不安。

 その両方を抱きながらも、グレンがそばにいてくれるなら大丈夫だとルイスは自身を鼓舞した。



 筆頭公爵家というだけあって、アルバーン公爵邸は大変に立派で広い。

 アルバーン家は、このセリティエ王国の西方を任された大領主であり、この地域においては王に近い権力を有していた。

 王城には及ばないものの、アルバーン公爵邸の作りはもはや中規模程度の国を治める者の城の域である。

 ルイスが生まれたエアハート子爵邸いくつ分だろう、と思ってしまうぐらいだ。

 彼女はこれから、アルバーン公爵家当主の妻となるものとして、この屋敷で暮らしていく。


「ルイス。俺が案内するよ」

「ありがとうございます、グレン様」


 グレンがスマートにルイスへ手を差し出す。

 ルイスは彼の手を取り、ともに進んだ。

 あくまで次期公爵とはいえ、グレンも忙しい身だ。

 それでも、案内を使用人に任せることはせず、自分がやると手を挙げた。

 獣人が番に向ける愛情表現の1つだ。誰も彼をとめはしなかった。

 家同士の繋がりが深かったため、ルイスは幼いころからアルバーン公爵邸に出入りしている。

 しかし、屋敷の全体像を知っているわけではない。

 石造りの階段、シャンデリアに甲冑。

 ルイスの視界に様々なものが映り込む。

 グレンに手を引かれるルイスは、こんなところもあったんだ、と感心しきりだった。


「ここがきみの部屋。俺の私室もすぐ近くにあるから、なにかあれば遠慮なく訪ねてくるといい」


 ルイスの私室は、グレンの部屋とは別に用意された。

 一人になれる空間は大事なものであるし、なにより二人は婚前だ。

 一応、部屋は分けてあるのだ。

 必要な家具などは揃っており、実家から送ったものも既に運び込まれている。

 カーテンやクッションカバーといった布製品はシンプルなものが使われており、装飾品も少ない。


「とりあえずは、シンプルな部屋を用意した。個人の趣味もあるだろうから、これからきみの好きなように変えてもらって構わない。打ち合わせや買い出しが必要なら、使用人に声をかけてくれ」


 とのこと。

 ちなみに、予定さえ合えばグレンも買い出しに同行したいそうだ。

 自分に与えられた部屋を見回すルイスに、グレンがそっと耳打ちする。


「……俺の部屋は、きみの私室だとも思ってくれていい」

「ひゃい……」


 耳元でそう囁かれれば、ルイスは顔を赤くした。

 グレンの私室といえば、番だとわかる前の二人が情熱的な夜をともにした場所だ。

 ルイスの中では、彼の私室と、身体を重ねる行為がしっかりと結びついている。


――また、あんな時間を、彼と。

 

 ぷしゅーっと湯気が出そうなルイスに、グレンは愛おしそうに青い瞳を細めた。


「ひとまず、今日はゆっくり休んでくれ。明日から大変かもしれないが……。俺は、きみの味方だよ。いくらでも頼ってくれ」


 グレンはルイスの肩を抱き、彼女の髪にキスを落とした。

 ルイスはいずれ、筆頭公爵家の奥様となる。

 荷が重い。そんな気持ちが全くないと言えば、嘘になる。

 けれどグレンがそばにいてくれるなら、乗り越えられる気がした。


「グレン様。私、きっとあなたの妻にふさわしい女になってみせます」

「ルイス……!」


 健気で愛らしい番を前にして、グレンは思わず彼女を抱きしめた。

 グレン様、ルイス、と互いの名を呼びあい、いちゃ、いちゃあ……と二人の世界に入り込む彼らだったが、部屋のドアは開けっ放しだった。

 そんな彼らを、ドアの陰から見つめる者たちがいた。


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