とめられない気持ち
そうして、ついに迎えてしまったグレンの18歳の誕生日。
彼の成人を祝うパーティーで笑顔を見せつつも、ルイスは相当に追い詰められていた。
嗅覚が発現しない獣人がいることも事実だが、相当に稀だ。
おそらく、グレンはただその時期が遅めなだけだろう。
18歳を超えてしまった今、明日にでもグレンが番を見つけたって、なにもおかしくはない。
彼を想い続けて、10年近い時が経つ。
身分の差があるから。獣人だからと、彼と結ばれることを諦めていたはずだった。
届くことはないのが、事実でもあった。
でも、ルイスは。ただの幼馴染、番でもなんでもない、彼の特別ではない人間として終わることに、耐えられなかった。
グレンが自分に好意を持っているようなそぶりを見せたこともあったから、なおさらだ。
たった一度だけでもいい。
彼の特別になりたい。
ひと時の夢でかまわない。
自分を、見て欲しい。
獣人である彼が、番以外の女性を愛せなくなる前に。
嗅覚の発現という、1つのリミットを迎える前に。
ルイスは、彼に情けをかけてもらうことを望んだ。
彼が自分に向ける気持ちが、恋情であると決まったわけでない。
もしもそういった感情があったとしても、もう彼の中では過去のものになっているかもしれない。
けれど、ルイスがグレンにとって大事な幼馴染であることはたしかで。
きっと、グレンはルイスを粗末に扱ったりしない。
ルイスは、彼の優しさにつけこむつもりで。そんな自分が、ひどくずるい女に思えた。
急に公爵家に押し掛けるわけにはいかなかったから、ルイスはグレンに手紙を送った。
成人の祝いも兼ねて、久々にアルバーン公爵家に遊びに行きたい。
二人で話したい。
大体そんな内容を書けば、グレンからはすぐに快諾の返事がきた。
――ごめんなさい。グレン様。
公爵邸に行ったその日、グレンに迫るつもりだったルイスは、心の中で彼に謝罪する。
彼はきっと、ルイスがそんなことを考えているなんて、思ってもいない。
久しぶりに幼馴染と話せる、個人的に成人の祝いをしてくれる。
そのくらいにしか感じていないだろう。
約束の日。約束の時間帯。
アルバーン公爵邸に到着すると、わざわざグレンが玄関まで迎えにきてくれた。
「このたびは、お時間をいただきありがとうございます。グレン様」
「構わないさ。祝ってくれるんだろ? 俺が成人したのを」
深々とお辞儀をするルイスに、グレンは気にするな、俺たちの仲だろ、と笑った。
ルイスの真の目的は彼に情けをもらうことだが、個人的にお祝いしたかったのも嘘ではない。
「今日は、グレン様のお気に入りのお店の、アップルパイも持ってきたんですよ」
「やっぱりか! 俺、あそこのアップルパイ大好きなんだよなあ」
ルイスが持ってきたのは、エアハート子爵家が管理する町にある、老舗のアップルパイと焼き菓子だ。
アップルパイ、の言葉に反応して、グレンの白い耳がぴんと立つ。
甘いマスクというよりはややワイルド系の男性として成長したグレンだが、彼は甘党だった。
アップルパイはバスケットに入っており焼き立てというわけでもないため、ルイスには香りは感じられない。
けれど獣人である彼は、ルイスが持つバスケットの中身をなんとなく察していたようだ。
幼馴染が大好物を持ってきてくれたことに、上機嫌なグレン。
早速いただくよ、行こう、と彼はサロンのほうを示した。
婚約者でもない異性の自分が、客人用の空間に連れていかれるのは当たり前だ。
ルイスもある程度成長してからは、それを当然のものとして受け入れていた。
けれど今回は、最初からもう少し私的な空間に行っておきたいところだった。
「……あの、グレン様」
「どうした?」
「久しぶりに、グレン様のお部屋に行ってもいいでしょうか」
「俺の部屋?」
「……はい。何年も前に行ったきり、でしたから。少しは大人の男性っぽいお部屋になったかなあって、気になったんです。それとも、まだどんぐりがありますか?」
「きみなあ……」
やんちゃな少年だったグレンは、体力を有り余らせ、庭を駆け回っていた。
そのついでにどんぐりをコレクションしたりもしており、まだ幼いルイスは、それを見せてもらったものだ。
使用人にも言わずにどんぐりをため込んでいたため、虫が発生していたこともある。
彼の過去を茶化すように言えば、グレンはがしがしと頭をかきながら、盛大な溜息をついた。
「……わかった。俺がもうどんぐり少年じゃないところ、見せてやるよ」
「あら、楽しみですわ。どんぐり坊ちゃんはどんな大人になったのかしら」
大げさにお姉さんぶってそう返せば、グレンは「その呼び方はやめてくれ」と白い耳を垂れさせた。
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