もし、ただの人間だったのなら

 ただの人間だったら、どうするというの?


 切なげに自分を見つめるグレンに、そう聞き返したい気持ちを抑えつつ、ルイスは笑顔を作った。

 15歳のルイスは、もしかしたら彼も自分に好意を抱いているのではと、なんとなく気が付いていた。

 グレンのほうも、ルイスの気持ちを理解しているかもしれない。

 けれど、どちらからも次の一歩を踏み出すことはない。

 グレンが獣人ではなく、ただの人間だったら。一緒になる未来もあったのだろうか。

 けれど、二人が仲良くなれた理由は、狼のような耳がグレンについていたからだ。

 彼が獣人ではなかったら、そもそもグレンに恋していなかった可能性もある。

 

「……私は、グレン様のふわふわのお耳、大好きですよ」


 私とあなたを繋いだ、ふわふわの白い耳。

 ルイスは嘘は言っていないが、本当は、耳だけじゃなくて本人のことも大好きだった。

 でもそんなことは言えないから、「耳が好きだ」と言うにとどめる。


「……ああ、そうだったな。初めて会ったときも、夢中で俺の耳を触っていたものな」


 グレンはそっと自分の耳に触れる。

 年齢を重ねてからは、触れる機会のなくなった、柔らかなそれ。

 男女として成長してからは、前のように気軽に触れ合うことはできなかった。

 もう、二人は5歳や6歳の子供じゃない。

 15歳の貴族ともなれば、異性の身体に触れるなんてことをしていいのは、家族や婚約者のみだ。

 なんとか許されるのは、エスコートや舞踏会といった、公の場での軽い触れ合いぐらいのものだろう。

 遠い記憶すぎて、ふわふわの感触も忘れてしまいそうだ。

 最後に彼の耳に触ったのはいつだったかなあ、と、ルイスは過去に想いを馳せた。






 この想いは大事にしまっておくと、誓った、はずだったのに。

 グレンが成長するほどに、彼への想いは増していく。

 美少女のようにも見えた彼は、どんどん背が伸びてゆき、筋肉もついて男性らしい体つきに。

 顔立ちも、凛々しくなって。もう、彼を女の子と間違える者はいないだろう。

 獣人であるために身体能力も高い彼は、逞しく頼りになる。

 さらに公爵家の嫡男ともなれば、女性には大人気だ。

 まだ家を継ぐことも決まっていないのに、白銀の狼公爵、なんて呼び方をする人もいるぐらいだ。


 いつか番を見つけたら捨てられてしまうとしても、彼の妻となることを望む人も多い。

 その証拠に、グレン本人はまだその気がないと言っているのに、多数の縁談が持ち込まれているらしい。

 その縁談を持ち込む者の中に、もちろん、ルイスは入っていない。



 番を見つける嗅覚が働くようになるのは、15歳ほどから。

 ルイスは、グレンの成長が、怖くて仕方がない。

 グレンの番が、自分ではなかったら。彼が、番として他の女性を連れてきたら。

 グレンが15歳を過ぎたころからは、彼が自分の運命の相手を見つけてしまうのではと、不安で不安で仕方なくなった。

 しかし、ルイスの不安をよそに、グレンはその嗅覚を得ることのないまま、18歳に近づいていく。

 まだ、大丈夫。

 彼はまだ、運命の人を見つけたりしない。お前は違うと言ってくることもない。

 アルバーン公爵家の嫡男がそんなことでどうするのだと話す者もいたが、ルイスは、ずっとこのままでいて欲しいと、願ってしまっていた。

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