伝えることができない想い

 その日を境に、ルイスとグレンはよき友人となった。

 少し内気なルイスと、活発なグレン。

 正反対にも思える二人だが、だからこそ、一緒にいて楽しかったのかもしれない。

 父がアルバーン公爵家へ行くことを知れば、ルイスは一緒に行かせて欲しいと父に頼み込んだ。

 内気なルイスだったが、グレンが参加すると聞けば子供同士の集まりにも顔を出した。

 グレンのおかげでルイスの交友関係は広がり、笑顔を見せることも多くなり。

 仲良くなったきっかけがグレンの耳だったからか、彼はよく、狼みたいな耳をぴこぴこと動かして、ルイスを笑わせてくれた。

 ルイスは、友情が恋心に変わる前からグレンのことが大好きで。

 恋していると自覚してからは、もっと彼を好きになった。

 10歳ぐらいのころには、グレンのお嫁さんになりたい、なんて思っていたぐらいだ。

 しかし、それから数年が経つ頃には、ルイスはグレンへの恋心の成就を、諦めることになる。


 公爵家と、子爵家。獣人と、人間。

 身分の差と、獣人族の運命の番システム。

 つがい、というシステムがあることは、この国では幼い子供でもなんとなく知っている。

 しかし、それがどんなものかを理解できるのは、もう少し大きくなってから。

 10代となったルイスは、獣人との恋愛が、その成就が、どれだけ難しいものなのかわかってしまった。

 グレンは、いつか番を見つける。

 もし見つからず、番以外の者を伴侶として選んだとしても、子爵家の自分では、グレンの家柄には釣り合わない。

 ルイスが彼の運命の相手でもない限り、この想いが報われることはないのだ。

 だから、グレンへの恋心は、ずっとしまい続けると誓った。



 グレンが15歳を迎えるころ。

 互いに成長した二人は、前のように庭で遊びまわることはなくなっていた。

 グレンは、凛々しい青年として。ルイスは、小柄で愛らしい女性として。

 それぞれの性別らしく育ちつつあり、二人は「男女」として扱われるようになる。

 仲のいい幼馴染ではあるが、男女で、どちらにも婚約者もいない。

 そのため、彼らが会うときには、間違いが起きないよう、二人きりにならないように配慮されていた。

 使用人が控える公爵家のサロンで、グレンはティーカップ片手に庭を眺める。

 彼は、どこか寂しそうに、遠くを見つめているようだった。


「……なあ、ルイス」

「なんでしょう、グレン様」

「自分が獣人じゃなかったら、って。思うことがあるんだ」

「……」

「ただの人間だったら、俺は……」


 彼が視線をさげる。

 白い耳も、彼の心情を表すかのように、ぺしゃりと垂れていた。

 それから、苦しそうにルイスを見つめる。


 彼は、幼馴染のルイスのことが好きだった。

 身分の差については、グレンがルイスを妻にと望むなら、なんとかできるだろう。

 ルイスが生まれたエアハート子爵家は、爵位こそ高くはないが、アルバーン公爵家とは長く深い付き合いで、評価も高い家系だ。

 グレンが本気になれば、きっと、希望を押し通せる。

 しかし、グレンは獣人。

 いつか番を見つけてしまったら。彼女への想いが消えてしまったらと思うと、ルイスへの恋心を口にすることはできなかった。

 好きだ。結婚したい。そんなことを言った次の日には、その想いも約束も、全てなかったことになってしまうかもしれないのだ。

 グレンにとって、ルイスは本当に大切な存在だった。

 だから、綺麗さっぱり消えてなくなるかもしれない気持ちで、彼女を振り回したくなかった。傷つけたくなかった。

 グレンは、自分が獣人でなければよかったと、思うようになっていた。

 ただの人間だったら――グレンの気持ちは、「運命の番」に操られ、急に消えたりしないのだ。

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