二人きり
そうして入ることに成功したグレンの部屋は、幼いころとは全く違うものになっていた。
出会った頃は、木馬などの遊具もおいてあったが、今は私室と書斎、仕事部屋を兼ねたような作りになっていた。
ベッドやソファ、テーブルといった、ゆったりと過ごすためのエリアの対角線上には、本棚や机が置かれている。
彼が言うには、仕事をするための部屋も別にあるそうだが、私室でも作業ができるようにこういった形にしたそうだ。
番システムの関係で、彼はまだ次期当主として認められていないものの、嫡男はグレンだ。
おそらく、彼がアルバーン公爵家を継ぐことになるだろう。
久々に訪れたグレンの部屋は、次期公爵様らしい空間へと様変わりしていた。
「どうだ? どんぐり少年じゃないだろ?」
「どんぐり、事前に隠しました?」
「ないってば」
ルイスが「どんぐりはどこかしら」ととぼけながら、きょろきょろと部屋を見回す。柔らかな金の髪が、彼女の動きに合わせて揺れた。
グレンは、「そんなものはない」と主張しながらも、ふわふわと揺れるルイスの長い髪と、私室に彼女がいるこの状況に、少しばかりときめいていた。
グレンは今も、ルイスに恋心を抱いている。
好いた異性が自分の部屋にいれば、どきどきしてしまうのも仕方のないことだろう。
獣人としての成長は少し遅いようだが、グレンだって、健全な青少年。
肉体や興味そのものは、男性としてしっかり成長している。
ルイスも貴族のご令嬢だからそんなことはしないだろうが、もしもベッドにでも座られたら、そのまま押し倒してしまいそうだ。
念のため、使用人を部屋に控えさせていてよかった、と内心ほっとしたものだった。
「そこにあるテーブルでいいか? 使用人に食器や紅茶を用意させるから、少し待っていてくれ」
「はい」
グレンは、自分の部屋にあるテーブルを指さした。
家族や友人と使うこともあるのか、少し大きめのそれの傍らには、二人がけの椅子が2つおかれていた。
アルバーン家の使用人が、二人のためにお茶の席をセッティングしていく。
テーブルの真ん中には、ルイスが持ってきたアップルパイが置かれた。
せっかくだから一緒に食べよう、とグレンが言ってくれたからだ。
それぞれの皿に切り分けられたアップルパイが乗り、カップには紅茶がそそがれ。
さあ、幼馴染二人のお茶会の始まりだ、となったころ。
ルイスが、控えめに口を開く。
「あの、グレン様」
「なんだ?」
「……二人きりに、していただけませんか? 久しぶりに、周りを気にせずお話がしたいのです。あまりよくないことだとは、わかっていますが……。どうか、お願いします」
ルイスの言葉に、グレンが動きをとめる。
グレンだって、彼女と二人だけになりたいと思う。
けれど、それぞれの家柄や、自分が彼女に向ける気持ちを考えると、やはりまずいのでは、とも思った。
白銀の狼公爵、なんて一部では呼ばれているが、実際、好いた女を前にしたただの男のグレンは、狼になる可能性がある。
しかし、「二人きり」という甘い響きに負けてしまい。
少し迷う様子を見せてから、グレンは使用人に退室を促した。
最初は、和やかにお茶をしているだけだった。
今は二人きりで、他の者には話を聞かれていないと思うと、会話も弾む。
幼いころ、グレンを追いかけたルイスが転んで泣いた話。
そんなルイスを、グレンがおんぶして運んだ話。
あの頃は、獣人と人間の身体能力の差をよく理解していなかったんだ、とグレンは苦笑した。
この年になった今は流石に、女性はもちろん、人間の男性よりも力が強いことを自覚しているそうだ。
そうして過ごしているうちに、いつの間にか、外は暗くなっていた。
ルイスがアルバーン公爵邸を訪れたときは、まだ明るい時間帯だったというのに。楽しいときは、あっという間に過ぎてしまう。
流石にこれ以上、女性を引き留めることはできない。
「ルイス。そろそろ解散にしようか。あまり遅くまで、男の部屋にいるのはよくない」
グレンはあくまで紳士的に、ルイスに帰宅を促した。
彼は窓の外や時計に視線をやっていたから、気が付かなかった。
ルイスが、きゅっと唇をかんだことに。
「……嫌です」
「……え?」
「まだ、帰りたくありません」
「ルイス?」
グレンの向かいに座っていたルイスが、無言で立ち上がる。
彼女は、ずいぶん思いつめた様子だった。
戸惑うグレンの隣に腰かけると、ルイスは彼の胸に手をおいて、こう懇願した。
「グレン様。私に、お情けをください」
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