第27話 酔いどれエルフといじめられっ子とストロングゼロと
『3ラウンド、挑戦者小金井剛志! チャンピョンのガブスを強烈な左フックでリングに沈めたぁあああ!」
これは未来のお話、日本人で初めてヘヴィ級ボクサーが生まれるとか生まれないとかのどうでもいいお話の影に、他者様のビールを飲み散らかして犬神さんから家を追い出されたセラさんの姿あり。
時間軸は現代に戻る。
「ははっ、シンフォギア全シリーズ見終わってしまったな……今の犬神さんには70億の絶謝罪も響かないだろうな……さて安酒でも飲むか」
プシュっとした音と独り言を言いながら公園のブランコに乗る美女。レモン色の髪に長い耳、時折500mlの何かを飲んでいる。ストロングゼロ・ダブルレモンと書かれたそれをクピっと飲んで「ハァ……もう試す土下座がないぞ」と呟いている。
そんな関わらなければ美女であるセラさんと剛志少年との出会いの物語である。
二人は目が合う、セラさんは再びハァとため息をついてストロングゼロをグビりと飲んだ。
そんな公園にやってくる恰幅のいい少年と、その金魚のフン的な少年。彼らは剛志少年を見つけると、剛志少年をドンと押した。
「うわっ!」
「剛志こんなところでなにしてんだヨォ!」
「なにしてんだヨォ!」
セラさんは目の前で始まったイベントを見て昭和の世界からやって来たかのような言動を吐くガキ共に興味津々だった。
(イジメか、実に人間とは愚かすぎる生き物だな)
「やめてよブタゴブリン君と五味(ゴミ)君」
「お前は剛志じゃなくて弱しだ!」
「そうだそうだ! やめて欲しかったら謝れ」
「ごめんなさい! やめてブタゴブリン君とゴミ君」
(どっちがイジメられてるのか分からない名前だな)
そんな剛志少年は押され、転び、ブランコに乗ってこっちを見ている大人、というかお酒を飲んでるヤバい人となっているセラさん。いじめっ子二人はセラさんに見られているのにビビって、
「ゴミ行こうぜ!」
「そうだねブタゴブリン!」
(なんだコイツら、嫌いあってるのか?)
剛志少年は一連の出来事があっても助けてくれるわけじゃないセラさんに絶望して泣き出した。
「わぁーーーん、うわーーーん」
そんな剛志少年の元にセラさんはゆっくりと歩み寄り、
「情けない奴だな。あんな奴らに負け、私が助けてくれるとでも思ったのか?」
「だってぇ……力も強いし、二人」
「フン、相手が大きくて強いから勝てない。ならばお前は最初から負けているんだ。これから何があって黙って我慢するんだな。そんな世界、私には耐えられないがな。謝るくらいなら私なら死を選ぶ」
「……うぅ、だってぇ、だって……」
「もし、お前にまだいじめっ子に反撃する気持ちが残っているのであれば……私が戦い方を教えてやってもいいがな。んっんっん! ぷはー」
トンとセラさんはストロング缶を飲み干すと虚な瞳でそう言った。泣いていた剛志少年はよくセラさんの顔が見えていなかった。剛志少年の脳内変換されたセラさんは強い瞳で剛志少年を見つめていたように思えたので、
「僕は……負けたくない……」
「ならば……私がかつて数百年前に共に旅をしたファイターがいたんだ。そいつの戦いを見てきた私が戦い方を教えてやる。ほらかかってこい! 論より証拠だ。私はセラだ。勇敢な少年よ」
いきなりかかってこいというセラさん。こんな弱虫な自分を勇敢だと言ってくれた。
「僕は……小金井剛志……です! えぇええい!」
小さい剛志少年をセラさんは軽々と大人の力でねじ伏せる。そして剛志少年は転んだ。
「うっ、うっ、うっ……痛いよぉ」
「泣くな! かかってこぉい!」
何度も何度も転ばされた。膝は擦りむいて自分が情けなくなった。もう立てないという時……「今日はこのくらいにするか、小さい精霊よ。かの者を癒やせ、ヒーリング!」それは魔法だと剛志少年も確信した。怪我がみるみる内に治っていくのだ。セラさんは翌日も同じ公園にいた。
「お、お姉ちゃん」
「ん? あぁ、少年か、なんだ稽古をしにきたのか?」
「うん!」
「ならばそろそろ戦闘技術を教えてやろう。体重を全部乗せたパンチをお前が放つ事ができれば相手にお前の体重分の鉄球のような一撃を与える事ができるだろう」
格闘漫画刃牙に書いてあった事を思い出したセラさんの適当な説明、しかし剛志少年は真剣にセラさんのクソ講釈を聞いている。しゃっくりをしながらセラさんはストロング酎ハイを飲み、無茶な事を言う。
「よし少年、やってみろ! これがお前の必殺技だ!」
「はい!」
変な酔っ払いと一緒にいる剛志少年に絡もうとする程いじめっ子達もバカじゃない。ある意味、この無意味な修行はいじめへの防波堤程度にはなっていた。そんな事も知らず剛志少年はセラさんの様々な格闘漫画知識でしかない修行を続ける。
「そう、干した布団に拳を当てたまま撃ち抜く。1000年間無敗の武術の奥義だ」
それも家に帰れずに漫画喫茶で読んだ修羅の門から得た知識、残念ながら現実世界で役に立つはずもないが、セラさんの特訓は続いた。それに比例してセラさんが飲むストロング酎ハイの数も増えていく。
そして意味があるのかといえばほぼない特訓の成果が出る日がやってくる。いじめっ子の二人は同じクラスの小さい女子に意地悪をしていた。
「私の筆箱返してー!」
「取れるもんならとってみろよ!」
「そうだそうだ!」
体の大きいいじめっ子に誰も文句が言えない中、剛志少年も怖い、がセラさんに言われた胸を打つ言葉、「少年、涙を流す時は自分が何かを成し終えた時、その時に思い切り泣けばいい」その言葉が剛志少年を奮い立たせた。
「ブタゴブリンくん、やめてあげなよ! 嫌がってるだろ!」
「あぁん? よわしのくせに生意気だな? ズボンを下ろしてやる!」
その時、「相手は肥満体型だ。動きは遅い」と、聞こえたような気がした。これは本当に剛志少年の空耳である。剛志少年はいじめっ子の一撃を避けると懐に入る。「ボディがガラ空きだ。今こそお前のギャラクティカマグナムを打ち込んでやれ!」と再び空耳。
その後の事は覚えていない。大泣きするいじめっ子二人に駆けつけた先生に呼び出され、クラスのみんなが剛志を庇い注意はされたが女の子を守った事で先生に褒められた。
「セラさん、セラさんに報告だ!」
お母さんに言って大事な人と食べたいとケーキ屋さんのプリンを買ってもらった。公園に急ぐが、そこには既にセラさんの姿はない。ただ、残されているのはストロング酎ハイの大量の空き缶。それを拾ってゴミ箱に捨てると剛志少年はセラさんのいなくなった公園を後にする。
そこでいじめられていた女子と出会った。
「こ、小金井くん! 今日はありがとう」
「えっと、うん。あの! プリン、食べる?」
そんな剛志少年はこの出会いが人生を共に歩んでくれる伴侶との出会いとはまだ思っていなかった。何故なら、彼の心にはあのセラさんの姿が未だ残っていたから、この日剛志少年が彼女とこれ以上進展する事はない。
そんな剛志少年がその日の帰りにふらりと歩くセラさんの姿を見つけた。何か思いつめた顔をしているセラさん、これはただ事じゃない。後をつけるとマンション、そしてそのオートロックを解除して中に、オートロックが閉まる前に剛志少年も乗り込んだ。エレベーターに乗るセラさん、止まった階を確認し、剛志少年もエレベーターに乗りセラさんのいる階へ。
何かを決意したセラさんがインターフォンを鳴らす。もしかするとここには強大な敵がいて、セラさんはその敵と戦うんじゃんと……「お姉ぇ」声をかける瞬間、部屋から出てきたのは目つきの悪い青年。
その青年を見てセラさんは不敵に笑うと……
地面に手をついた。
「????」
剛志少年は意味が分からずにその光景を眺めていると……セラさんは大泣きして土下座する。
「犬神ざぁああんん、ごべんなざざざああい! おうち入れてぇえええ……もう漫喫に止まって公園でやす酒のむのやだぁあああ!」
それはまさにクソ雑魚ルーザーの姿、剛志少年の100年の淡い恋が終わった。
そして近い未来に時間軸は飛ぶ。
「新チャンピョンおめでとうございます!」
「ありがとうございます」
「優勝の決め手は何でしたか?」
「自分を支えてくれたすべての人です。そして妻の作ってくれた食事でしょうか」
「いいですねぇ! ではかつてはいじめられっ子だったという剛志選手からファンの子供達へ送る言葉はありますか?」
「そうですね……お酒には……飲まれない事でしょうか?」
「それはこれからの祝賀会でですか? はははは」
「ふふっ、どうですかね? 本当の敗者という者を自分は知っていますから」
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