第26話 酔いどれエルフと人妻とお好み焼き

 それはセラさんが珍しく犬神さんのお手伝いとしてマンションのゴミ捨て場にゴミを捨てに行った時だった。幼稚園のお子さんがいる、502号室主婦の恵さんもゴミ捨てに来ていた。

 

「あら、おはようございます。確か……犬神さんのところの」

「おはようございます。居候のセラだ」

「502号室の斉藤恵です。セラさんもゴミ捨てですか? 最近セラさんがきてからカラスを見なくなったって噂なんですよ!」

 

 セラさんは風の声を聞いて精霊達と遊んできた叡智の種族、そして別名森の賢人エルフなのだ。動植物の声の一つや二つは聞ける。幾度となるカラス達への交渉の末、犬神さんのマンションのゴミ捨て場にカラスが溜まらないようにしたのは他でもないセラさんの功績である。鳥と話す事ができると自信満々に犬神さんに話したところ、「カラス追い払え」と圧力をかけられ、セラさんは奮闘した。

 ほぼ力づくだったのだが……

 

「そ、そうか? 役に立てて光栄だ」

「セラさん、今日宜しかったらお昼、ウチで食べませんか? 子供達は今日体操教室があるから少し帰りが遅いのよね。お酒もあるわよ!」

 

 お酒という言葉を聞いて、セラさんの長い耳がピクンと動いた。それを恵さんは見逃さない。というかこのマンションの人、お酒好き多すぎだろうとセラさんも少し引いていたが……

 お昼からただ酒が飲めるのでどうでも良かった。

 

「お招きいただこう」

 

 犬神さんは数日徹夜の仕事をしていたらしく、寝室に『入るな、殺す』と張り紙がしてあるので、冷蔵庫からビールの六缶パックを持って部屋を出た。合鍵で鍵を閉めて502号室へと向かう。この階にはディアナさんも住んでるが、彼女は日中は社畜OLとして精神をすり減らしているのだろう。

 502号室のインターホンを押すと、しばらくして扉が開かれる。

 

「セラさんいらっしゃい!」

 

 そこにはエプロン姿の若奥様、恵さんの姿があった。セラさんはビールの六缶パックを持ち上げてみせると、「手ぶらもなんだからこれを持ってきた」と恵さんに渡す。

 

「気を遣わせちゃってごめんなさいね。じゃあ、ビールに合うお好み焼きでも作りましょうか?」

 

 リビングのテーブルにはホットプレートが用意してあった。部屋が臭くなるという理由で犬神さんが使いたがらないホットプレート、セラさんはこれに並々ならぬ興味を持っていた。

 

「おぉ! お店屋さんみたいにテーブルで調理が可能になる魔法の道具。ホットプレーだな! 恵さん、使うところを初めてみるぞ!」

「ふふふ、犬神さんは使わないのね」

 

 トントントンと恵さんはキャベツ、豚肉を切るとそれに小麦粉、卵、揚げ玉、ネギ、紅生姜と混ぜてお好み焼きの生地を作っていく。スプーンを使ってかちゃかちゃと手際が妙にいい。

 そして熱したホットプレートに油を引くと、お好み焼きの生地をそこにひく、そしてその隣で太めの中華麺を熱する。

 

「まさか、お好み焼きに焼きそば合体させるやつか!」

「ふふ、モダン焼きよ。セラちゃんは広島風の方が好き?」

「あの段々に重ねていく芸術的なお好み焼きだな? あれも好きだが大阪風も好きだぞ」

「じゃあ今度はそれも作っちゃおうかな」

 

 広島のお好み焼きは全ての具材を重ねていく、ミルフィーユのように重ねると食感と味わいがにより旨さが倍増するらしい旨さの芸術建築で、大阪のお好み焼きは出汁文化らしい美味さの科学実験である。

 いずれにしても言える事は、

 

「おぉ! どっちもクソうまいからな! 犬神さんもたまにフライパンで作ってくれるが脳が蕩けそうになるんだ!」

「あらあら、犬神さんに負けないような物作れるかしら?」

 

 セラさんは待っているだけだと悪いのでグラスを用意する事にした。持ってきたビールはサッポロビールの黒ラベル。競走馬のイラストが刻印されている。ロング缶で犬神さんが買っているというのは珍しいなと思う。普段は350ml缶で購入していたのになと思いながら、グラスに注ぐ。

 

「恵さんどうぞだ!」

「ありがとうセラちゃん、乾杯しましょ!」

 

 3cmの泡をグラスに作り乾杯。

 

「よく冷えて美味しいわねぇ!」

「うん、最高だ」

「セラちゃん、お好み焼きもできたわよ!」

「待ってましただ!」

「うふふ、さぁ召し上がれ!」

 

 サクサクとお好み焼きを一口大に切り分けてマヨネーズとソース、鰹節に青のり、七味をかけてパクリとセラさんは食べ、そしてグビグビとビールを飲む。

 セラさんはスッと涙を流した。

 

「……セラちゃん?」

「美味すぎる。完全にお店の味だ。犬神さんの作るお好み焼きを遥かに超えているぞ!」

 

 犬神さんは別に料理人でもないので普通にネットで作り方を見て作っているだけ故、毎日のようにお料理をしているお母さんである恵さんには何歩も劣らずにはいられないが、寝床だけじゃなくてタダ飯も食わせてもらっているセラさんは死ぬほど失礼だった。

 

「あらあら、そんな事言ってまた怒られちゃうわよ?」

「犬神さんに怒られるのは慣れっこだ。自慢じゃないが毎日犬神さんにはなにかしら怒られているからな! 恵さん、お好み焼きお代わりだ!」

 

 ペロリと一枚大阪風のお好み焼きを食べ終えるセラさんに恵さん、ボイルしたイカをメインにした広島風イカ玉を次は焼き、それをつつきながら恵さんは凄い勢いでビールを飲み干していく。そして恵さんは一升瓶をポンと用意した。

 “麒麟“と書かれた日本酒。ビールの入っていたグラスに注がれるそれ、セラさん的には結構ビールを飲んだのだが……

 

「デザートでもどうかしら?」

 

 日本酒が? と聞き返そうとしたところ、恵さんは何かを作っている。ホットプレートで焼くご馳走がお好み焼きならホットプレートで焼くスイーツといえば……

 

「まさか、それはホットケーキだな!」

「大正解よセラちゃん!」

 

 パンケーキと言わずにホットケーキと呼ぶのはホットケーキミックスと書かれているから、日本酒でホットケーキを食べるというぶっ飛びっぷり……

 思わずセラさんはこう口にした。

 

「これが、日本の主婦という者なのか……」

 

 単純に恵さんが鬼ほど酒が好きというだけで、セラさんは恵さんのペースでお酒を飲む。生クリームがベったりとついたホットケーキに胸焼けがする程メープルシロップをかけて日本酒で流し込むように食べるセラさん、

 ふと意識が揺らいできた時、

 

「セラちゃーん、そろそろ息子が幼稚園から帰ってくるからほら、立ってお家帰りましょうね?」

「そ、そうらな……お家にかえらはいとなぁ」

 

 セラさんはフラフラの状態から、犬神さんの部屋に戻るセラさん、鍵が閉まっているのでドンドンドンとノックをする。

 

「犬神さーん、私が帰ったぞぉ、あと水が欲しいのだがぁ……犬神さーん、セラだぞぉ」

 

 ドンドンドンと玄関前でめちゃくちゃ煩いとご近所様に迷惑がかかる事を危惧して犬神さんが扉を開けてくれた。

 

「ただいまだぞぉ、犬神さぁーん!」

「あぁ、おかえり。お前さんに聞きたいのだが、冷蔵庫に入れてたビールどうした? あれ、2階の方の冷蔵庫が壊れてて預かってた物なんだが、お前クソ酒臭いし、持ってただろう?」

「ビールごときがなにするものぞだ! すぐに私が買い直してきてやる!」

「あれ、去年の有馬記念のサッポロビールだからもう売ってねーやつだからな? 競馬仲間の人と一緒に飲もうと思って残してたやつらしいからな? もう売ってないからな?」

 

 要するに積み……セラさんは酔いが覚めると共に、犬神さんに泣きついた。

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