第25話 酔いどれエルフと小料理屋
セラさんは冬というシーズンが好きだ。ニット帽を被り、コートを来てマフラーをつけて、思いっきりエルフ感を消す事が出来る。別にエルフが歩いていてもこの世界では異形に驚かれるより変なコスプレがいると言われるのでなんだかセラさんは変装する事が多い。
本日は犬神さんのマンションのポストに入っていたチラシを握り締め一度も行った事がないお店へとセラさんは向かっているのだ。
何故なら!
「ふふふ、ビール最初の一杯100円だなんて凄いじゃないか! スーパーでも200円くらいするのに、それもジョッキのビールだ。犬神さんは瓶ビールの方が美味いと言っているが私は俄然ジョッキの生ビール派だな」
という事である。チラシに入っていた“雪うさぎ“と書かれたお店にセラさんは向かう。犬神さんやその他飲み友達と居酒屋には割と行った事もあるし、今日は一人居酒屋デビューという軽い気持ちでやってきたわけである。
「ん? んんん?」
何やらセラさんの思っていた店の様子とは違う。けったいなのぼりもないし、飲み放題食べ放題なる記載もない。小さな民家のような佇まいに品のある暖簾。そこに確かに“ゆきうさぎ“と書いてあるので間違いないんだろう。戸を開けると十人程が座れる席に客は一人。中年くらいの女性の店主が笑顔で出迎える。
「いらっしゃい」
「あの、私はこれを見てきたんだ」
セラさんはチラシを見せると、女将さんはふふふと笑う。
「ありがとう。チラシ見てきてくれたのお客さんが初めてだよ」
「ほ、本当か? ビール最初の一杯100円だぞ! 来ないはずがないじゃないか! 例えばビールが400円だとしたら300円分おつまみに回せる計算だ! ありえないぞ」
常連らしい年配の男性は不思議な生物でも見るような目でセラさんを見て、お猪口で一杯。変な奴は視界に入れずに自分の世界を楽しんでいるらしい。
ちなみに意外と最初の一杯激安は日本全国どこでも展開しているが、セラさんからすれば脅威の一言だったのだ。「はいお絞りどうぞ」とお絞りを渡されてセラさんは手を拭く、最初の一杯目はビールで決まったわけだ。さて、何を頼もうかなとセラさんはメニューを眺めていると、「お通し、ナスの揚げびたしよ」というのでセラさんはその色艶から箸を伸ばす。
「ウマーい! 女将さん! このナスめちゃくちゃ美味しいぞ! この薬味もいい味を出している。こんなのビールに合わないわけがない!」
ぐっぐっぐとビールを半分程飲み干してセラさんは「プハー! これだぁあああ!」とガッツポーズ。それには女将さんもくすくすと笑い。
常連の男性が、
「ちょっとお嬢ちゃん」
「なんだ? うるさくしたならすまなかった」
「いや、外人さんなのに味が分かってるんだね。どうだい一杯? 女将、お猪口もうひとつ」
「はいよ」
と、年配の男性がお酒を勧めてくれるので、セラさんはクイっと一口で飲むと、「おぉ、甘口。旦那さん通だな」と犬神さんが言ってた事を真似てみると、年配の男性は食べようとしていたそら豆を落として、
「こりゃすげぇ! あの目つきの悪い小僧みたいなお嬢ちゃんだな。俺は大分前に定年して今はこの店でちびちびやるしか楽しみのない五所川原ってんだ。お嬢ちゃんは?」
「私か? 私はセラ・ヴィフォ・シュレクトセット。ハイエルフだぞ」
そう言って帽子を取ると長い耳がピンと跳ねた。女将さんと五所川原さんは最初こそ驚いたが、セラさんの愛嬌と人懐っこさにあまり気にならなくなった。
「サワラの西京焼きとそば焼酎の水割りをお願いするぞ」
「はーい、セラちゃん、注文が渋いわね」
「あぁ、酒飲みの舌だ。十年、二十年飲んできたって貫禄があるわなぁ」
「まぁ、酒だけなら300年は飲んできたんだけどな」
事実を述べたが笑いに取られるのはこの世界では当然。
西京焼きが運ばれてくるとセラさんは身をほぐしてこれまた綺麗な箸使いで一口パクリ。味噌がしっかり効いていてこれも美味しい。ナスの揚げ浸しにしても初めて犬神さんに作ってもらった時はあまりの衝撃で昇天しそうになったが、それ以上にこのお店の西京焼きは美味しい。
「これがお店の味なのか……ここは追いかけ蕎麦焼酎だな」
クイっと癖が強めの蕎麦焼酎で口の中を清める。美味しすぎてお箸が止まらない。蕎麦焼酎も止まらない。あっという間に食べ終わったセラさんは、スマホのコード払いをむけて、
「ご馳走様だ。会計をお願いしたい」
「あぁ、ウチ現金だけなのよ。ごめんねセラちゃん、ツケにしとく?」
「俺が立て替えとくぜ?」
五所川原さんと女将さんの表情を見て、セラさんは犬神さんに電話をかけた。
「あの……犬神さん、そのコード決済ができないお店で食べてしまって……店の名前? “ゆきうさぎ“という店で……来てくれるのか? 恩に切るぞ犬神さん!」
犬神さんという名前を聞いて女将さん、そして五所川原さんは表情が穏やかになる。
ガラガラと戸が開くと、
「すみません、ウチの居候が迷惑かけて、お金いくらですか?」
犬神さん、電動スクーターでここまでやってきたらしい。お金を受け取る前に女将さんが、
「寒かったろう? かも南蛮でもどうだい? サービスしとくよ?」
「えぇ! すみません、いただきます」
「ほら、セラちゃんも座って座って、シメにお蕎麦食べていきな」
意味も分からず女将さんから出された鴨つけ南蛮を前にセラさんが鎮まる。そして犬神さんが、
「女将さん、お銚子お願いできますか? 電動バイクは押して帰ります。こんなの出されて飲まなかったらないですよ。ずるいなぁ」
「うふふ、ばれた? 安芸虎でいいかしら?」
「はい、冷で。お猪口二つお願いします。このバカも飲まないと後で煩いので」
そう言って犬神さんはセラさんの分もお猪口に安芸虎を注ぐ。セラさんはそれを持ったまま犬神さんにカツンとお猪口を合わされて一口。
「カー、うめぇ、そんで女将さんの蕎麦がまたうめぇんだよな」
ずるずると啜り、鴨肉を一枚、そして日本酒を一口。ごくりとセラさんの喉がなった。そして同じくそばにがっつく。
「ハフハフ! うまい! うまいぞ! このお蕎麦」
鴨つけ南蛮とお銚子一本を平らげると、犬神さんはセラさんの食べた分も支払い。店をでる。犬神さんは下賤の者を見る目でセラさんを見つめているのでセラさんは電動バイクを自ら押す事にした。
「きょ、今日は本当にすまない。私がバイクは押して帰るから、犬神さんはゆるりと帰ってくれ」
「セラ、テメェ」
「はい、すみません」
「小料理屋行くなら呼べよこのグズが!」
「え? へっ?」
もしかして犬神さん、拗ねてます? とか聞いたら頭にゲンコツをもらいそうなので、セラさんは何も言わずに妙に大きい月夜の下、電動バイクを押しながらマンションに戻ったのであった。
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