第23話 酔いどれエルフと芋煮会と光の呑み友等

 かつてセラさんは勇者達と旅をした事があった。それは辛く長く、そして厳しくも楽しい旅だった。毎日毎日魔法の研鑽に時間をかけて特に何をするわけでもなく、風の声を聞いて時折人間の頼みを聞いて少しばかりの分け前をもらう。エルフという種族は元来そんなものだった。しかし、勇者は強引にセラを広い世界に連れ出して、そして中々心を開かないながらも仲間として魔王をついには討伐し世界に光明を届けた立役者。


「ほぉ、それ。どのくらい過去の捏造してんだ? それともそもそも嘘か?」

「なっ! なんという事を言うんだ犬神さん! 私はだな。エルフの中でもハイエルフとして、そりゃもう当時の私はナイフみたいに尖ってたんだ」


 ふっと鼻で笑う犬神さん。ザックに飯盒とお米、ペットボトルの水を入れる。果物ナイフにじゃがいもや玉ねぎ、人参そしてゴールデンカレーのカレー粉、そして一升瓶の日本酒も入れて準備は万端。


「その尖っていたセラが、魔王討伐の旅で次第に人間達のパーティーと打ち解けて柔らかくなったと」

「そうなんだ。まぁ、私ものせられやすいという事なんだろうな」

「お前さ、そうやってカッコよかった過去の自分を捏造して悲しい奴なんだな。そんな事よりクーラーボックスにビールさっさといれろ」

「だーかーらー! 犬神さん、ほんとなんだ。私の人間嫌いは結構凄かったんだぞ」


 犬神さんは初めて出会った頃、渡したビールを普通に飲んで、土下座までかました姿を思い出す。イメージのエルフは確かにセラさんが語るような存在なのかもしれないが、実際犬神さんの知っているエルフはこのセラさんただ一人であり、珍種族以外のなにものでもない。


「そうか、良かったな」

「あー、犬神さんはー! そうやって私の事をマンドレイクでも見るような目で」

「たとえが分かりずらいわ。ほら、芋煮会に遅れるから準備しろよ」


 そう、本日は町内の芋煮会である。普段は火器利用不可な河原で芋煮会、もとい飯盒炊爨が出来るので犬神さんは毎年この時期は予約をとって芋煮会に参加しているのだ。


「しかし犬神さん、芋煮会とはカレーの事なのか?」

「あー、ゴールデンカレー? いや、こいつはまぁ、後で使うんだ」


 セラさんは動きやすい恰好。ハーフパンツにスポーツキャップ。リスナーさんが買ってくれた物である。途中にあるスーパーで犬神さんに寄っていこうと残りの材料であるサトイモ、牛肉、こんにゃく、長ネギを購入して河原へと向かう。

よくいるメンバーが老人会等、既に芋煮が完成しているところもある。そんな中犬神さんとセラさんに手を振るのはディアナさんとダンタリアンさんのマンション組。


「こんにちは」

「みんなこんにちわだぞ!」


 犬神さんがよそ用の笑顔で、セラさんがいつも通りの感じで挨拶するので、ひと際大きな鍋が用意されている。


「ほい、犬ちゃん、セラちゃんかけつけ1杯!」


 剣菱の日本酒をプラカップになみなみと注いで渡してくれるので、芋煮がまだできていないのに、とりあえず。


「「「「乾杯!」」」」


 ダンタリアンさんは既に酔っているらしい。犬神さんは日本酒に舌鼓を打ちながら、貧乏学生凛さんの姿が見当たらない事に気づくと、


「凛さんは? あの子、タダ飯なら張ってでもきそうだけど?」

「凛ちゃん、昨日バイトの打ち上げで飲みつぶれて家で寝てるよー! ダハハハハハ! 修行がたりーん! 修行がー!」

 

 二日酔いは修行云々でどうにかなりそうもないが……ここに飲兵衛達が集まれば芋煮が残る事はあるまいなと犬神さんは両手を合わせて凛さんを弔った。死んではないが……御愁傷様という事で……

 

「それじゃあ俺たちも芋煮作ろうか? セラは鍋に日本酒と水入れて、ダンタリアンは牛肉切って、俺は野菜系切るんで」

「えぇー! やだー! アタシ、食べるの専門っー!」

「ダンタリアンは芋煮なしと」

 

 冷静に里芋の皮剥きをしながら犬神さんはそう言うので、ダンタリアンさんは酔った頭で考える。手伝わなければ酒だけ、それも悪くないが、酒と芋煮のマリアージュは……

 酒を口に含むとぷー! と自分の手にかけて「仕方ないにゃあ! 肉ね、肉!」と言って牛肉を100均の包丁で切り始める。セラさんは材料を見て犬神さんにしてはアレンジなどをしないんだなと少し驚いている。

 手際よく人参、ジャガイモ、玉ねぎ、そして里芋の皮を向いて食べやすいサイズに切り分けると、一口大に切り分けていた蒟蒻と一緒に鍋に入れる。そして犬神さんは醤油と砂糖を入れて味を整え、しばらく煮立てる。

 その間……

 

「そいじゃ、芋煮まつ間の二杯目行きますか? ダンタリアンは二杯目どころじゃなさそうだけど……」

「ふっ、外でこうして料理をするのをみると、野営を思い出すな!」

 

 セラさんがかつて仲間達と過ごした日々の思い出に耽っていると……犬神さんとダンタリアンさんが悪そうな顔で日本酒を煽りながら見ている。セラさんはそれに気づくと、

 

「どうした二人とも?」

「いや、また過去と記憶の捏造かなって」

「セラちゃん、嘘おつ!」

 

 普段の行いが行いだけに全く信じてもらえないセラさん、全て自業自得なのだが、セラさんも剣菱をごくりと飲み干してから反論する。

 

「そうやって否定ばかりして! 見たのか? 私が嘘をついているという証拠は? 聖王歴何年、何月、何日、何時何分何秒? スピンワールドがどれだけの季節を巡った時だ?」

 

 と昭和の小学生みたいな事を言うセラさんを面白がって肴にする。それに気づいたセラさんは、やはり小学生みたいに、

 

「二人とも嫌いだー!」

 

 とやけ酒、それにダンタリアンさんは腹を抱えて笑う物だからセラさんはなんともやりきれない気持ちでいると、犬神さんが鍋の様子をみる。セラさんは芋煮の完成かと思ったら、

 犬神さんはサクサクと長ネギとダンタリアンさんが適当に切った牛肉を切って鍋に入れる。

 

「ま、まだ完成じゃないのか?」

「あぁ、クタクタになるまで煮込むんだよ。まぁ、汁くらいは肴に飲みな」

 

 そう言って紙皿に芋煮の汁を入れてくれるのでセラさんは受け取るが、また笑い者にするんじゃないかと邪推して二人をうー! と睨みつける。犬神さんとダンタリアンさんが「「????」」という顔をしているのでとりあえず一口。

 

「うまっ!」

 

 この汁だけで酒が飲めると言っても過言ではないとセラさんは思う。そして剣菱を飲む。一瞬セラさんの意識が飛んだ。

 そして気がつくと、

 

「おいセラ、芋煮できたぞ! ほれ!」

「あ、犬神さん、吉田類殿の酒場放浪記※は?」

「今日は月曜でもなければまだ夜でもないぞ」

 

 ※飲兵衛御用達のTV番組、知る人ぞ知る酒飲みライターの番組です。

 

 セラさんの手元にはホクホクのジャガイモ、そして里芋、人参に玉ねぎと牛肉が甘く日本酒で煮込まれた芋煮。これほどまでに日本酒に合うつまみもなし。

 

「ほいじゃー! 犬ちゃんの芋煮完成で乾杯じゃー!」

「うぃ乾杯!」

「乾杯だ二人とも!」

「乾杯」

 

 四人は芋煮を食べて、日本酒でさらに温まる。犬神さんは、近所の人は他の芋煮を作っている人が来るたびに特性芋煮をよそってさらに剣菱もついで乾杯。その様子を見ながらダンタリアンさんが、

 

「犬ちゃんってクソほど酒強いよね? セラちゃんより異世界人くさいよ」

「あれは……いや、私の世界にも犬神さんクラスは殆どいなかったぞ……人間を超越していると言える」

 

 一升瓶の剣菱がなくなり、犬神さんが持ってきた八海山の一升瓶。犬神さんは曰く剣菱や八海山などスーパーでも手に入るのに裏切らない日本酒はもっと評価されるべきだと何度か聞かされた。

 ヤクザの酒と言われる剣菱を作る関西の灘五郷、居酒屋やバーでも飲める八海山の東北新潟もそうだが、ご当地の人程、日本全国で飲まれる自分の地域のお酒を美味しくないといい、マイナーなお酒を推してくるが、そんな事はなく、出荷されてる量が多いという事はそれだけファンを作る素晴らしいお酒なのだ。

 

「うん、結構今日は飲んだな。じゃあ〆るか! ご飯は飯盒で炊いてるから、セラ、ゴールドカレーを芋煮にインしちゃいなYO!」

 

 おや? 犬神さんがちょっと酔ってるなとセラさんは思い。そりゃ、くる人、くる人の酒の相手をすればそうもなるかと、ゴールドカレー辛口のルーを全部放り込む。

 

「なるほど、犬神さんは天才だな……シメにカレーライスを作るのか」

「毎年犬ちゃん、ハッシュドビーフにしたり、トマトパスタにしたり、シメで楽しませてくれるんだぜー! ほらほら、みんな並び始めてんじゃん!」

「そうね。私もこれ楽しみだもの」

「なんと!」

 

 他のみんなもそれぞれ芋煮のシメを始める。これは関西の飯盒炊爨文化が発祥らしいが関西、関東それぞれ東北の芋煮を進化させている。

 山形の芋煮という日本が誇るキャンプ飯に感謝を込めて、犬神さんのカレー芋煮に長蛇の列が並ぶ。

 

「これ、私たち食べられるのか? ダンタリアンさんの……霊圧が消えた……」

 

 すでにいないのだ。よくみるとダンタリアンさんは犬神さんの芋煮カレーに並んでいる。セラさんはまずいと自分も紙皿を持って長蛇の列に並ぶ。

 しかし無情な事にセラさんの前でカレーは打ち切りになった。

 

「うぅ、あんまりだ……」

 

 涙で前が見えないセラさんに犬神さんが、一皿のカレーを手渡す。それは一体なんなのか? セラさんにも分からない。

 

「俺が食う分だけど、そんな食いたかったんなら、やるよ」

「いいのか? 犬神さんの分がなくなるが」

「他の芋煮作ってる人のシメ貰うから」

 

 セラさんはクソほど美味しい犬神さんの芋煮カレーを平らげ、そして町内会の人達に言われるがままに酒を飲んでぶっ倒れ、翌日犬神さんに綺麗な姿勢で土下座を見せるのをまだ彼女は知らない。

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