第22話 酔いどれエルフと焼きトン 光の呑み友、凛さんと
セラさんは本日、万馬券を当てたという104号室の凛さんが食事を奢ってくれるというので、駅でセラさんは待っている。凛さんの奢りだという事でサイゼリアあたりだろうと思っていたので、セラさんはミラノ風ドリアで一杯やろうかと思っていた。長い耳を隠す為のキャスケット帽。ダンタリアンさんからもらったスキニーパンツ。フリースのオーバーと割と地味目な服を選んだのだが、セラさんはハイエルフ。見てくれもよければスタイルもいい。
「わぁ、モデルさんかな?」「顔ちっさ! 可愛いー!」「声かけてみる?」などなど、聞き耳を立てていると聞こえてくるセラさんに向けられた声、セラさんは澄ました顔で遠くを見ているが、
(凛さん、早く来て早く来て早く来てぇええ!)
と内心クソテンパっていた。セラさんは一人で飲みに行く事もあるが、目的の店に入って飲み食いすればそのまま犬神さんの家に帰るので、待ち合わせでこんなに人々の目に触れる所に長時間立ち尽くしていた事はない。
そんなセラさんを救えるのは、今回セラさんと待ち合わせをしている凛さんただ一人。
そんな彼女はゆっくりとやってくる。
「セラちん待ったぁー? ウェーイ。まじ万馬券ゴチっすよ!」
「凛ざーん!」
そんな凛さんはいつもとちょっと違う格好。肩のでている黒いビックシルエット。そして厚底のブーツ。ツインテールに、普段より濃いメイク。
要するにぴえん系、または地雷系ファッションでやってきた。
「今日の凛さんは悪魔信仰でもしているみたいだな?」
「あぁこれ? ガールズバーの衣装よ。今日飲みに行った後、仕事だかんさー」
「大丈夫なのか? 飲んだ後仕事とか」
「あー大丈夫、大丈夫。結局お客さんにもドリンク買ってもらうしー」
「まぁ、凛さんがいいならいいが、今日はどこに行くんだ?」
目の前に見えているサイゼリアを見ながら一応、セラさんはそう尋ねると、凛さんは、ふふふと笑いながら、
「今日は焼きトンさ行こうかと思ってね! もう、一番人気軸にした3連単が炸裂したからご機嫌だよ」
「焼きトン? 焼き鳥じゃなくてトンという事は豚という事か?」
「半分正解だね! まぁ行ってみればわかるよー! サー、レッツゴー!」
凛さんに連れられて来たお店は居酒屋風。中に入ると常連らしい中年の男性が安い焼酎のボトルキープを前に既にほろ酔い。奥では若いカップル。意外と家族連れなんかもいる。
「なんだか思っていたより、ずっといい感じだぞ凛さん」
「えー、そうですか? そいつあーよかったですよ。埼玉県のソウルフードらしいですよ。焼きトンってのは豚肉とホルモンを串で焼いたものなんです。とりあえず。ハツ、レバー、シロお願いしまー」
「お飲み物はどうしますか?」
セラさんは先に飲み物を頼まないんだなと思う。焼きトンを食べるのは初めてだけど、おそらくこの料理にベストマッチするのはビールに間違いない。セラさんはメニューを見て、生ビールと書かれた所を指さして、
「とりあえず生……」
「スーパーバイスサワーを二つ!」
「かしこまりました」
セラさんが注文したかったビールを無視して凛さんが勝手に注文してしまった。セラさん的にはマジかコイツ……という顔で凛さんを見つめる。凛さんの奢りとはいえ、酒くらい好きな物を飲ませてくれよという無言の怒りと悲しみを込めた目に凛さんが気づくと、
「もーセラちん。一杯目は騙されたと思ってバイスサワーを超えたバイスサワー、スーパーバイスサワーを飲んで見てくださいよー! そもそも焼きトンといえばバイスサワーが女房なんすよー」
バイスサワーってなんだよ! というセラさんの元に、ジョッキ、氷。そしてピンク色の液体が入った瓶。
そして……梅酒。
「ほ……ホッピー的な何かか?」
「セラちんご名答! このピンクのバイスサワーの素をウォツカとか焼酎で割って飲むのが基本の飲み方なんですけど、バイスって梅酢の事なんで、梅酒で割る事で、コイツはスーパーバイスサワーに進化するんす」
「飲む前から分かる。美味いやつだ!」
「頭でっかちなセラちんも分かったところで乾杯!」
ガツンとジョッキを当てる。中のバイスサワーがぐらりと波を打った。その波がジョッキから溢れないようにセラさんはうまく波を制して、
「乾杯!」
からの、グイッと飲む。バイスサワーの梅味と、梅酒本来の梅の風味が織りなすハーモニーに一瞬セラさんは意識を失いそうになった。脂っこい焼きトンに苦味のきいたビールもいいが、さっぱりとしたバイスサワーは正解に近い。
「ぷっひゃあああああ! 美味すぎるぞ凛さん!」
「でしょでしょ! セラちぃいいん!」
興奮する二人の元に丁度焼きトン串が運ばれてくる。鼻腔をくすぐり、空腹を目覚めさせるその香り、セラさんと凛さんの口の中に洪水のごとく涎が溜まってくる。
「お待たせしましたーハツです! 味噌ダレでどうぞ」
二本、ハツがのせられたその銀色の皿の前で、二人はゆっくりと串を摘む。凛さんが頷くので、セラさんは味噌ダレをちょびっとつけて口に運ぶ。
あむ! とセラさんが串からハツを外し、ゆっくりと咀嚼。意外にも冷静にセラさんはジョッキのバイスサワーをグイッと一口。もむもむと噛み続け、そして流し込む。
「どう? どうどう? セラちん、焼きトン初体験おめでとう! どうよ? やきとん」
セラさんは凛さんを見つめて、優しく微笑む。それは、大災害と呼ばれた魔物達の大移動。森や街、あらゆる所を踏み潰し、残った場所は荒野しか残らないそんな大移動を数多くの冒険者達と力を合わせて食い止めた時と同じ表情。そして散っていった同志達を想った時と同じく、セラさんは涙を流した。
凛さんに一言。
「たまらん! なんだこれは! 焼き鳥とはまた違った美味。一体この世界はどれだけの美食が存在しているというのだぁ!」
ふふんと、凛さんもハツをゆっくりと食べ、同じくバイスサワーで飲み干し、一本目のやきとん串を食べ終わると、面白いくらい丁度いいタイミングで店員さんが、
「レバーです! シロはもう少しお待ちください」
「「はーい!」」
レバー串がやってきた。最初、この世界にやってきた時、セラさんは少しだけレバーが苦手だった。血の味がするようで、食感も内臓だと思えば思う程、食欲が失せたものだった。
「はー、レバーは犬神さんに連れて行ってもらった町中華のレバニラにやられたなー。あれから大好物になったもんな」
「あー、近所の中華屋さんね。あそこ美味いよねー。ほらほら、やきとん三銃士のレバーがセラちんに食べてもらいたがってるゾ!」
「おぉ! それは失礼した! レバニラに浮気するところだった。ではいただきます!」
レバーには和がらしがついていた。和がらしも最初は少し苦手意識が強かったセラさんだが、揚げ物にも和がらしを使うくらいには大好きに変わっていた。さっきの味噌ダレと違って、今回はたっぷりと和がらしを塗る。
そしてパクリと口に入れて豪快に噛む。
「んんんん! か、からしがツーンと……ば、バイスサワーを」
典型的な和がらしハザードにやられるセラさん。されど、和がらしが鼻にきて涙を流しながらももぐもぐとレバーを味わい。そしてそれをバイスサワーで再び味わう。再び押し寄せる感動。
「お待たせしましたーシロでーす!」
言わずと知れた大腸。味噌だれに漬け込まれていてそのまま食べても美味しい。噛めば噛む程味が出て、
「バイスサワーお代わり!」
セラさんのお酒がすすむ。まだ三品目だが、凛さんがスマホの時間を見て、「そろそろ仕事の時間が来たからシメにしますねー」と言って凛さんが頼んだシメは……昔ながらのカマボコが具に入っている。チャーハン、いやどちらかといえば焼き飯と表現した方がそれっぽい焦げたネギ香る絶品のシメが届いた。二人でシェアして、セラさんはレンゲで一口。
「うまい! なんだこれ! 油っぽいやきとんの後にチャーハンなんて正気の沙汰じゃないと思ったが……なんだかとても合うな?」
「でしょー? この組み合わせに辿り着くまで前途多難だったんですよー」
美味しい物を教えてくれた凛さんにセラさんは満面の笑みで「ごちそうさまだ! とっても美味しかったぞ!」とこのまま割り勘になるかな? とか思っていたら、凛さんはお会計を「カード、一括で!」とかカッコつけてご馳走してくれたので、セラさんもほろ酔い気分で並んで帰路に着こうかという時……凛さんが、
「セラちん、2件目いきませんかー?」
「え? 凛さん、これから仕事じゃなかった?」
「いいからいいから! 絶対セラちんも気にいると思うからー」
「まぁ、私は構わないが、凛さんは大丈夫なのか?」
「だいジョーブ、だーいジョーブ!」
と半ば大丈夫じゃなさそうな凛さんに手を引かれてセラさんがやって来たところは女の子がバニーガールだったり、際どい制服を着てたり、いかがわしさ漂うお店だった。ゆっくりとセラさんのほろ酔いが覚めていく。
「凛さん?」
「いらっしゃいませー! 一名様ご来店でーす! こちらどうぞー! こちらのお席になりまーす!」
やられた。
それがセラさんの今の気持ち。カウンター越しに凛さんが、今日のオススメメニューなんかを説明してくれる。「お客様ー、私も何か飲んでいいですかー」とか言っている。
叡智の種族であり、その中でもハイエルフと呼ばれたセラさんは今の状況をあらゆる環境から考えて割り出した結果、セラさんは104号室の貧乏学生凛さんに……
「だ、騙したのか凛さん!」
「えー、騙すだなんてー、2件目どうですかー? って聞いたらホイホイついて来たのはーお客様じゃないですかー!」
そうだった。
凛さんはこういう人だったと、当然お金が足りなくて犬神さんを呼んでゲンコツをもらう未来が変わらないというのなら……
「オススメのドリンクをください! 凛さんもどうぞー!」
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